1. HOME
  2. コラム
  3. ひもとく
  4. 欧州の右翼ポピュリズム 移民・難民に向けられる憎悪 板橋拓己

欧州の右翼ポピュリズム 移民・難民に向けられる憎悪 板橋拓己

2019年、イタリア・ミラノで同国の右派政党「同盟」のサルビーニ党首(中央)が欧州各国の右派政党を呼んだ集会。オランダ・自由党のウィルダース党首(左)やフランス・国民連合のマリーヌ・ルペン氏(当時党首=右)らが参加した=AP

 ヨーロッパで右翼ポピュリズム政党の存在が常態化し、近年さらに勢いを増している。右翼ポピュリズム政党とは、〈真の人民〉と〈腐敗したエリート〉ないし〈異質な移民〉を対置し、自分たちこそが真の人民の意志を代表しているのだと主張する右派勢力のことを言う。昨年もフィンランドで反移民のフィン党が参加する連立政権が発足し、11月のオランダ下院選ではムスリムへの敵意を煽(あお)ってきた自由党が第1党となった。ドイツでも排外主義的な「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進している。ポーランドでは法の支配を侵害し続けた「法と公正」が8年ぶりに下野したものの、「反リベラル」を公然と掲げるハンガリーのオルバーン政権は健在だ。世論調査によれば、今年6月の欧州議会選でも右派が躍進する見通しである。

好都合な「敵」

 政治学者ペリノーによる『ポピュリズムに揺れる欧州政党政治』は、コンパクトな新書ながら、こうした現状を把握するのに最適な一冊である。ペリノーによれば、ポピュリズムは、グローバル化と脱工業化の過程で「見捨てられた」と感じた人びとの不安とノスタルジーを原動力とした、経済的、政治的、社会的・文化的に「開かれた社会」への反動である。こう考えると、右翼ポピュリズムの最も好都合な「敵」が移民・難民となることがよくわかる。「移民は国境を知らず、労働力の非国民化のシンボルであり、外国の文化や慣習を持ち込む」とされるからである。また、ヨーロッパにおいてはEU(欧州連合)が、上から命令してくる外部のエリートとして怨嗟(えんさ)の的となる。

 クラステフとホームズは『模倣の罠(わな)』のなかで、ポピュリズムの台頭を、冷戦終焉(しゅうえん)後における政治的・経済的な自由主義化のプロジェクトの失敗として描き出す。東西が二分されていた冷戦期と異なり、冷戦後の世界は「模倣の時代」となった。自由民主主義と市場経済をめぐって世界は「模倣される者」と「模倣する者」に二分され、前者たる西側は後者に対して、自分たちを模倣する以外に「他の方法は存在しない」と傲慢(ごうまん)にも突きつけた。こうした「うぬぼれ」こそが、中・東欧でポピュリズムや外国嫌いの波を生み出す要因となったというのが、彼らの見立てである。

極右の常態化

 右翼ポピュリズムの常態化がもたらしたヨーロッパ政治の変化を教えてくれるのが、ヴォダック『右翼ポピュリズムのディスコース』だ。本書は言語学から右翼ポピュリズムの問題を扱った名著だが、その初版(原著2015年)はコード化された右翼ポピュリストの言説が何を意味しているのかを説き明かすという点に重点があった。しかし、21年に刊行された第2版では、「極右のディスコースの恥知らずな常態化」が原著の副題となり、関連する章が増補された。このわずかな期間にブレグジット国民投票やトランプ政権の登場など多くのことが起こり、従来よりもはるかに露骨で攻撃的なレトリックが飛び交い、もはや明白な嘘であっても謝罪さえ必要とされない時代になってしまったというのである。

 ペリノーもヴォダックも、右翼ポピュリズムと向き合うにあたって類似の提案をしているのは印象的だ。ペリノーは言う。われわれの民主主義は「短絡主義」から抜け出さねばならず、「民主主義がもっとゆったりと流れる時間を取り戻し、熟議、論証、意義付けのための余裕が与えられれば、民主主義は生まれ変わるであろう」と。またヴォダックは、建設的議論や対立解消、交渉のための機会を与えるような「省察による減速」を勧めている。「この道しかない」という短絡的で急(せ)き立てるような政治を排する必要があるのだ。=朝日新聞2024年1月20日掲載