あらゆる要素が詰まった戦争 ──北川敬三『フォークランド戦争』より
記事:筑摩書房
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「英国海軍は、48時間以内に機動部隊を海上に展開できます。奪回は可能です。そして、私の判断では、本来申し上げる立場にはありませんが、そうすべきです。ここで英国が行動を起こさなければ、数カ月後、我々は言葉の重みを失った別の国に住むことになるでしょう。」
1982年3月31日、アルゼンチンの「フォークランド(アルゼンチン名:マルビナス)諸島侵攻不可避」のインテリジェンスを受け、マーガレット・サッチャー首相から行動の可否を問われた際の、第一海軍卿兼海軍参謀長ヘンリー・リーチ大将の答えである。政治・軍事・外交が一点に収斂し、国家の意思と軍事組織の準備度が交差した瞬間であった。
この短いやり取りは、英国の軍事的実行可能性を示しただけではなかった。それは国家の信用と存立を賭けたリーチの進言であり、サッチャーの決断を揺るぎないものにした。リーチの言葉は、単なる軍人の進言を超えて「英国とは何か」という国家的アイデンティティの問題を突きつけたのである。
ちなみに、リーチは、1941年12月10日、マレー沖海戦で日本海軍航空隊の攻撃を受けて沈没、艦と運命を共にした戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦長ジョン・リーチ大佐の息子である。
当時、リーチはダートマスの海軍兵学校を卒業したばかりの士官候補生で、シンガポール勤務であった。息子は、父が戦死する2日前にシンガポールで、共に酒を酌み交わしていた。41年後、その息子が、今度は英国艦隊を南大西洋へ送り出す立場にあったのである。
この歴史的連続性は、英国海軍にとって象徴的な意味を持った。後年、ポーツマス海軍基地にある海軍司令部の建物には「Henry Leach Building」の名が与えられ、その功績は組織の記憶に刻まれている。
フォークランド戦争の今日的意義と教訓とは、何だろうか。1982年4月に生起したフォークランド戦争は、南大西洋のフォークランド諸島およびサウスジョージア島の領有をめぐり、英国とアルゼンチンが約3カ月、具体的には74日間にわたって戦った結果、英国の勝利に終わった。
フォークランド諸島はアルゼンチンの首都ブエノスアイレスから約1900キロ、ロンドンからは約1万3000キロに位置する遠隔の島嶼である。本戦争は、第二次世界大戦後では稀にみる、陸・海・空の三次元が相互に連関した本格的な三軍の戦闘が連続し、今日に至るまで多面的な教訓を供し続けている。
本戦争の意義は、とりわけ次の四点に集約される。
第一に、民主主義国家と専制主義国家の対峙という政治的性格である。熟議と統制のもとで意思決定に時間を要しがちな民主主義国家が、いかに迅速に決断し、実力を運用し得たのか。その背後には、リーダーの役割、外交、同盟国支援、例えば米国による情報支援といった要素が重層的に働いている。領土問題という複雑な政治課題に対し、最終手段としての軍事力が行使された事実も重い。
第二に、近代戦の装備・技術と作戦能力が、陸海空の三次元全てにおいて総動員された戦いであった。空母機動部隊と水陸両用戦部隊を対空・対潜脅威下で投入し、垂直/短距離離着陸(V/STOL)戦闘機、原子力潜水艦、各種誘導兵器、衛星通信、電子戦など、今日なお陳腐化していない技術群が戦場に投入された。また英国軍は本国から約1万3000キロ離れた戦域にロジスティクスを確保しつつ継続投入を実現した。作戦(オペレーション)とロジスティクスの両立は、戦争における永遠の課題である。
第三に、勝敗は組織と人材の質に帰着するという当たり前で厳しい現実である。自ら考え、柔軟に適応する有能な指揮官と、平素から教育訓練で鍛えられた将兵の勇気と練度が戦局を左右した。全志願制の英国軍と徴兵制のアルゼンチン軍の士気やパフォーマンスの差は、保守整備の重要性とも相関した。防空兵器の整備状況が艦の被害に影響した事例はその一端である。さらに、両国とも当時は「統合」指揮体制が未成熟で、指揮系統の複雑さが迅速な意思決定を阻害した。この教訓は、軍事作戦を常時考え、指揮する常設統合司令部(Permanent Joint Headquarters, PJHQ)の創設(1996年)に結実していく。日本では、2025年3月に、統合作戦司令部が発足した。
第四は、「住民保護」という観点である。戦争が始まった瞬間、フォークランド諸島には老若男女の民間人が存在し、日々の生計を立て、平穏な生活を営んでいた。戦争は抽象的な国家間の衝突ではなく、具体的な人びとの暮らしの上に突然降りかかる現実である。島嶼部や沿岸地域を抱える21世紀の日本にとっても、危機の兆候が現れた段階から、誰を・どこへ・いかに守り、自治体・自衛隊・海上保安庁・民間輸送をどう連接させるのかは、理念ではなく現実の政策課題である。フォークランド戦争は、住民保護が後付けの配慮ではなく、抑止と作戦、そして戦争の正統性を支える核心に位置づけられるべきことを示した。これは、日本の安全保障を考える上でも避けて通れない問いである。
フォークランド戦争の教訓は、戦争抑止と、万一戦端が開かれた場合に「いかに戦うか」の双方について、21世紀の今日も学ぶべき示唆を与える。島嶼争奪における海空軍力の決定的重要性、つまり制海権・制空権を確保し、強力なロジスティクスで遠隔作戦を持続させ得なければ、島嶼の奪還は覚束ない。この法則は、本戦争でも明確である。
21世紀のウクライナ戦争が示した通り、最新技術が高度化しても、最終的に領土を維持・回復するのは生身の人間であり、陸上の将兵たちである。多くの島嶼を擁する海洋国家・日本こそ、世界のどの国よりもフォークランド戦争を深く学ぶ理由がある。
以上の理由から、フォークランド戦争を巡り提起される根源的な問いが浮かび上がる。本書に通底する根本の問いは単純である──「フォークランド戦争の持つ意味とは何か」。この問いは、①なぜフォークランド戦争は生じたのか、②なぜ英国が勝ちアルゼンチンは敗れたのか、③現代に何を学ぶべきか、で構成される。これらは単なる歴史的問いではない。むしろ、今日的かつ永続的な課題である。
本書の特徴は、何だろう。日本語によるフォークランド戦争の単著は1980年代以来乏しく、本書は約40年ぶりの包括的な試みである。英国では毎年のように新資料や研究が公刊されてきた。本書は、英国・アルゼンチン双方の最新研究と史実を踏まえた、日本語読者に開かれた入門兼通論として位置づけられる。
本書は、英国立公文書館の一次史料を大規模に渉猟する厳密なアーカイブ研究書ではない。やり方として、戦後の一般公開に合わせて世に出た英語文献を広く参照し、最新の知見を反映した。併せて、筆者が海上自衛官として海上勤務で培った実務的視点と在英国防衛駐在官で得た英国での経験を交差させる。その他、巻末に今後の研究・学習のための参考文献案内を付した。
上記の問いに答えるため、本書は戦争・戦略の各レベル「政略・戦略・作戦・戦術・術科/技術」を縦糸に、出来事の因果と意思決定の文脈を横糸にして叙述する。とりわけ、これまでの類書で相対的に手薄だった作戦レベルに焦点を当て、現場の用兵がいかに政治的・戦略的成果へと「変換」されたのかを描き出す。
本書は、フォークランド戦争を単なる事実の羅列としてではなく、五つのレベルから分析する。すなわち、国家目標や国際政治を扱う政略レベル、軍事力をどのように用いて目標を達成するかを規定する戦略レベル、戦略を現実の戦闘へと結びつける作戦レベル、個々の戦闘における戦術レベル、そしてそれらを支える術科/技術レベルである。これらを貫く概念として、各レベルを有機的に結びつける「作戦術(Operational Art)」が重要な位置を占める。
フォークランド戦争をこの枠組みで読み解くことにより、なぜ戦争が起き、なぜ勝敗が分かれ、そして現代に何を学ぶべきかをより立体的に理解することができる。本書はこの視点から、戦争の全体像を描き出すことを目指す。
はじめに――あらゆる要素が詰まった戦争
Ⅰ 環境形成
第1章 戦争への道
第2章 開戦と初動
Ⅱ 攻撃
第3章 制海権を巡る戦い
第4章 制空権を巡る戦い
第5章 上陸作戦――サン・カルロス湾
第6章 スタンリーへの道――陸戦の展開と試練
Ⅲ 回復
第7章 スタンリー陥落と停戦
第8章 戦争の帰結と教訓
おわりに――フォークランド戦争の意味
英国海兵隊旅団長 特別インタビュー
フォークランド戦争の真相/ジュリアン・トンプソン(聞き手 北川敬三)
あとがき