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戦争の時代に突き付けられた「5つの問い」──ウクライナから日本まで 『現代戦争論』(小泉悠著)書評 評者:千々和泰明

記事:筑摩書房

公開されたホストメリの空港には、がれきが散乱していた。後方は世界最大の航空機「アントノフ225ムリーヤ」=2022年5月5日、ウクライナ首都キーウ近郊ホストメリ、朝日新聞社・諫山卓弥撮影
公開されたホストメリの空港には、がれきが散乱していた。後方は世界最大の航空機「アントノフ225ムリーヤ」=2022年5月5日、ウクライナ首都キーウ近郊ホストメリ、朝日新聞社・諫山卓弥撮影

 ロシアによるウクライナへの全面侵略から丸4年を迎えようとしている。ウクライナ側はロシアへの決定的な反撃をおこなうことはできておらず、ロシア軍も膨大な犠牲を出しながら攻勢を続けている。そしてウクライナ支援において鍵となる米トランプ政権の立ち位置は、ロシア寄りとも見られる姿勢とそれを修正する態度のあいだで揺れ動く。小泉悠氏の新著は、こうした情勢下にあるロシア・ウクライナ戦争をめぐって、「どれだけの犠牲が出ているのか?」「何故こうも長引いているのか?」「戦時下のロシアはどのような状態にあるのか?」「世界の中でロシアの立ち位置はどう変化したのか?」「日本はどのように向き合うべきなのか?」という、今誰もが同氏に尋ねたい5つの重要な問いに答えてくれるものだ。

 本書はまず、この戦争によって生じている犠牲について、豊富なデータにもとづく分析をおこなっている。そのうえで、交戦勢力双方に途方もない規模の死がもたらされていることや、そこで生じる「不平等な死」を描いている。

 こうした悲劇的な犠牲を双方にもたらす戦争がなぜ終わらないのか。この問いについては、「消耗戦争理論」を用いた読み解きがなされる。消耗戦争理論とは、敵野戦軍の殲滅を目的とする「破壊戦略理論」とは異なり、「自国よりも敵国の損害が大きくなるような状況を作り出すことで、敵を次第に消耗させ、戦争遂行能力を失わせる」という考え方である。2022年の全面侵略開始時点でのプーチン露大統領の思惑は、破壊戦略理論にもとづく短期決戦だったとみられる。ところがプーチン氏は、武力戦線(軍事的闘争)と政治戦線(国内の結束や対外関係)の相互作用を見誤り、戦いは消耗戦争化することになった。

 それでもロシア側は依然として「紛争の根本原因の除去」を掲げており、戦争を終わらせる気配は見られない。本書は、消耗戦争を継続可能にしている戦時下ロシアの分析に移る。そして、国民の反発を抑えながら兵力を確保するというプーチン政権の「ソフトな政治路線」が機能し、損失を巨大な軍需工業力によって吸収できてしまっている実態が解き明かされる。

 加えて本書が指摘するのは、国際秩序構想についての米露の「相性の良さ」である。トランプ政権の国家安全保障戦略では、西半球優先を掲げるトランプ版モンロー主義が明示され、実際に2026年1月に米軍はベネズエラを急襲して同国のマドゥロ大統領を拘束した。一方、それ以外の地域は、ロシアや中国などの勢力圏とみなされ、中小国を犠牲とする大国間協調が進むのではないか、との懸念が広がっている。このような大国間協調の発想は、実はロシアが冷戦後に唱えてきた「多極世界」論と大差ない。

 こうした大国間協調の時代に、日本はロシア・ウクライナ戦争やこれからの世界にどう向き合っていくべきか。手がかりとなるのは、日本によるウクライナ支援の背景にある「ウクライナは明日の東アジア」論への賛否である。この点について、「ウクライナに対するロシアの侵略が他の地域(例えば東アジア)に波及することは自明ではない」「ウクライナ支援よりも米国をインド太平洋側に引き込むべき」といった主張がある。これらに対して本書は、過去のデータにもとづく統計的な傾向とこれから起こる事態とを同一視できるのか、との疑問を提起し、「そうも割り切った態度は長い目で見て結局、日本が依拠すべき国際秩序を掘り崩すことになるのではないか」と結論づけている。

 ウクライナの人びとの意に反して、ロシアが暴力によって同国を属国化するという最悪の事態を回避するには、消耗戦争という現実を直視して、国際的な支援を続けるほかないのだろう。著者が告発するように、本来名前を持つ個々人の死が、単なる統計上の数字となりつつある昨今、この戦争の現状への理解を深めるだけでなく、国際政治や日本自身の安全保障の先行きを見通すうえでも手に取るべき良書である。

小泉悠『現代戦争論 ──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』(ちくま新書)
小泉悠『現代戦争論 ──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』(ちくま新書)

『現代戦争論──ロシア・ウクライナから考える世界の行方』目次

はじめに
第1章 どれだけの人が死んだのか?──データで見るウクライナ戦争
第2章 なぜ終わらないのか?──軍事戦略理論から見たウクライナ戦争
第3章 いかにして軍事国家となったのか?──戦時下ロシアの横顔
第4章 この国はどこへ向かうのか?──世界の中のロシア
第5章 日本はいかにロシアと向き合うべきか?──ウクライナ戦争と安全保障
おわりに
あとがき
参考文献

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