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チベット側から見たシュクデン――モンゴル文学『シュグデン』の背景とは?(後編)

記事:春秋社

『シュグデン』原書ほかアヨルザナの著作
『シュグデン』原書ほかアヨルザナの著作

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殺人事件と世界に広がるシュグデン問題

 さらにはチベット亡命社会を震撼させるような凄惨な殺人事件が1997年2月に発生した。インドのダラムサラで、仏教論理大学の校長ロプサン・ギャツォが、二人の弟子と共にめったざしにされて殺されたのである。小説『シュグデン』の235頁に「七十歳の老僧が二人の弟子と共に惨死……インドの警察によると、老僧の住居の壁には血が塗られ、何かしら呪術の儀式の形跡があったと記されていた」という記述があるが、まさにこの事件を指している。もともとダラムサラは亡命したダライ・ラマ法王のおひざ元であることから、治安はきわめてよく、警察沙汰といってもコソ泥か、血気盛んな若者の乱闘騒ぎぐらいのものである。そんな平穏な土地で、チベット仏教界の重鎮の刺殺事件がおき、それも中国から送り込まれたシュクデン信者の暗殺部隊によるものだとわかってチベット社会は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。殺されたロプサン・ギャツォはシュクデン信仰は異端であるとの厳しい批判書を記しており、信者たちの怒りを買っていたという。この事件の犯人は逮捕されぬままに幕引きを見たが、2007年、インドの警察は実行犯チベット人二名の引き渡しを、インターポールを通じて中国に求めている。

 とはいえシュクデン騒動が単なるチベット社会の内紛に留まっていたなら、これほど世界を騒がすこともなかっただろう。だが今やチベット仏教は全世界に広まりつつある。化身ラマたちは足しげく西洋社会を訪れ、灌頂やティーチングを行い、世界各地に自らの仏教センターをもうけ、信者獲得に余念がない。

 その中に1991年、英国を本拠地にニュー・カダムパ・トラディション(新カダム派)なる仏教教団を立ち上げたゲシェ・ケルサン・ギャツォという高僧がいた。碩学にして瞑想の達人としても名高く、皆から篤い信仰を集めてきたこの高僧が、どういうわけかダライ・ラマ法王に反旗を翻した。彼の主張によれば、シュクデンは忌むべき悪霊などではなく、ブッダとおなじく悟りをひらいた存在であり、ゲルク派の開祖ツォンカパの純粋な教理を守護するありがたくも尊い存在なのである。

 後ろで絵を描いた人物がいたのか、あるいは皆が疑っているようにダライ・ラマの足元を切り崩したい中国共産党の巨大マネーが流れ込んだせいか、このニュー・カダムパ・トラディションは西洋社会で大いに躍進し、ダライ・ラマが西洋各地で講演する際には、大勢の西洋人信者が会場の前に集まって「シュクデン信仰を禁じるのは宗教弾圧だ! ダライ・ラマよ、撤回しろ!」とシュプレヒコールをあげてデモを行ったり、講演会場前のビルの前面広告枠を買いとってダライ・ラマ批判の垂れ幕をかかげたりした。アムネスティに人権侵害を訴えたことさえある(投獄・拷問などの肉体的迫害の実体がないという理由で却下された)。ケルサン・ギャツォは2022年に亡くなったが、それなりに西洋人信者を獲得することに成功したニュー・カダムパ・トラディションの組織は今なお全世界に広がりつつある(日本に支部もある)。

シュクデンは仏か、悪霊か?

 ちなみにチベット本土で僧院ではシュクデンを祀ると中国政府から優遇をうけるという。逆に財運がついてまわる人間は、「あいつはシュクデン信者にちがいない」と陰口を叩かれるケースもある。シュクデンは日本のお稲荷さんと同じく財神でもあるのである。シュクデンは左肘にマングースが乗っている図柄として描かれるが、このマングースは口から宝を吐きだしてくれるのである。

 チベット人にシュクデンとは何か、どのような歴史的経緯があるのかと問えば、これまで私が述べてきたような回答が必ず返ってくるに違いない。シュクデンははたして仏なのか、それとも悪霊なのか? 悪霊と定義するなら全否定するしかない。しかし『シュグデン』の著者グン・アヨルザナはこのような二項対立とは別の回答を持っているようだ。登場人物のひとりで化身ラマのセルドク・ゲゲーンはこう説明する。「聖ツォンカパの教義に帰依する以前、モンゴル人たちは精霊(オンゴト)や守護神(サヒオス)を祀っていました。ドルジェ・シュグデンとは、仏教教義と精霊の力がひとつの智慧、ひとつの身に宿ったものなのです」確かに話の中に現れるシュクデンは悪霊などではなく、中有にさまよいこんだ死者の魂を導く存在であり、著者は精霊的要素を重視しているようだ。

アヨルザナ『シュグデン』の視座

 主人公の内モンゴル人はこのシュクデンがからんでいるとおぼしき青海省のクンブム僧院の殺人事件を捜査するうちに、時代の荒波に巻き込まれて亡くなっていた祖父や父の姿を思い起こす。ソ連の影響下のモンゴル国と共産中国のあいだで行き場を失い焼き殺された祖父、そして砂漠で失踪した父親。セルドク・ゲゲーンはこう嘆じる。「生きた自然と常に関わってきた遊牧民の智慧と身体能力、忍耐力こそがモンゴル民族をゴビ砂漠を囲む広大な草原の地で、幾千もの厳寒の冬もものともせず現在に至るまで存在せしめてきたのだ。しかし今彼らは自然の力よりもさらに大きな脅威にさらされ、幾万年も絶えることなく続いてきた営みは木っ端みじんに砕かれ、外なる他者を恃みとするほかなくなってしまった」

 本書の終盤、ラサ駅の近くで主人公は人だかりに遭遇し、漢人のひとりが「野蛮人め! 俺たちの金で建ててやった立派な駅をこうやって汚すとはな!」と罵っているのを耳にする。何事かと訊くと「また坊さんが生きたまま灯明の芯になって燃えたんだよ」という返事が返ってくる。チベット関係者なら、この一言でこれが何を意味するかわかるはずである。2009年ごろから、つまりダライ・ラマの亡命政権と中国政府の交渉が暗礁にのりあげたあたりから、中国のチベット支配に抗議して、チベットの内外で次々に焼身抗議が行われるようになった。チベット仏教徒なら暴力に走って他人を殺めるようなテロ活動など行うことはできず、抗議活動の最終手段として自らに火を放っていったのである。その数約160名、先だっては、中国が民族団結法(少数民族の漢民族統合をめざす悪法)を施行した翌日、チベット人活動家ロブガ・ランゼンがニューヨークの国連本部前で焼身抗議をし、チベット社会全体に衝撃を与えている。中国内部のモンゴル人もチベット人も同じような立場に追い込まれている。そして中国側のモンゴル人作家はそれに抗議することも、民族の歴史を記していくことも叶わない。同胞たちの声なき声を拾っていくのが独立国家モンゴル国の作家の責務だと著者は思い、この本を記したのだろう。

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