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「憑依と抵抗」 社会主義後に「活性化」した呪術 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月28日
憑依と抵抗 現代モンゴルにおける宗教とナショナリズム 著者:島村一平 出版社:晶文社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784794973030
発売⽇: 2022/03/29
サイズ: 19cm/395p

「憑依と抵抗」 [著]島村一平

 表題の「憑依(ひょうい)と抵抗」は、著者による、“宗教とナショナリズム”のモンゴル的表現である。本書は、それらを切り口に、現代モンゴルを多角的に描いている。そこに、大草原の素朴な遊牧民というイメージは見出(みいだ)されない。今日モンゴルは熾烈(しれつ)な競争社会で、遊牧民は人口の1割以下、人口の半数近くが首都に住む。
 私は7年前にこの書評欄で、共同研究『現代アジアの宗教 社会主義を経た地域を読む』を取り上げ、モンゴルにおけるシャーマニズムの流行について論じた章が印象的だったと書いた。そこでは、今世紀、鉱山開発などによりモンゴル経済が急成長を遂げ、格差や環境汚染が拡(ひろ)がったが、それと同時にそれまで辺境のマイノリティーのものだったシャーマンが都市部にあらわれ、爆発的に増加したことが書かれていた。本書を読み始めて、それが同じ著者のものだったと気づいた。しかし、この間にシャーマニズムは下火になったそうだ。かわって、伝統的なチベット仏教の活仏(転生ラマ)崇拝やオカルティズムが人気となった。
 社会が変化にさらされ不安が高まるときに、呪術的宗教が流行するのは珍しくない。また、人類学では、資本主義は呪術化を促す、とも言われる。しかし著者は、社会主義も同様だと主張する。既存の宗教体制が取り除かれた結果、呪術的な部分が残り、それが社会主義終焉(しゅうえん)後に「活性化」した。その結果、シャーマニズムが流行し、回復した仏教も呪術的に受けとめられた。
 モンゴルでは「韻を踏むという身体技法」が社会を変革する語りを生む、という指摘も興味深い。シャーマニズムだけでなく、社会主義以降に急激に発展したヒップホップも、韻律を伴った言葉によってトランス状態(憑依)に入っていき、別の人格(精霊)を招き寄せる。チンギス・ハーンを題材としたナショナリズムも、とくに詩の形で普及した。
 著者は、モンゴルのナショナリズムはソ連によって逆説的に培われた、という。たとえば、ソ連はチンギスを悪魔的に描いたが、モンゴル知識人は、社会主義から学んだ実証史学によって、脱神話化した新たなチンギス像を築いた。
 それらの韻律を伴った言説は、「モンゴル化」という名の雑多な「ブリコラージュ(寄せ集め)」であり、人々の哀(かな)しみと怒りがつまっている。そしてそれが、ナショナリズムの表現となった。これは先端的であると同時に、狩猟採集や牧畜に従事していた遊牧時代に発展した口伝文化の名残でもある。
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しまむら・いっぺい 1969年生まれ。国立民族学博物館准教授(文化人類学、モンゴル研究)。テレビ番組制作会社勤務を経て、モンゴル国立大大学院修士課程修了。著書に『ヒップホップ・モンゴリア』など。