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世界史の見方を転換させる衝撃の一冊と出会う――『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』

記事:明石書店

『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』(清水和裕・貴堂嘉之・鈴木英明編著、明石書店)
『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』(清水和裕・貴堂嘉之・鈴木英明編著、明石書店)

世界史の根底に置く問いを深めるために

 たいへんなインパクトをもつ書物に出会った。

 私は高校の世界史の授業を、教科書に書いてある歴史用語を隅から隅まで丸暗記するのではなく、教科書の歴史叙述の何が優れていて何が問題なのかを生徒と一緒に検討する授業を行っている。優れた歴史書を資料プリントにして読み、それを教科書と比較することで、「より望ましい歴史の描き方」というものを生徒ひとりひとりに考察してもらい、さらにそれを教室内の対話によってブラッシュアップしている。私の生徒たちにとって、世界史とは「丸暗記する対象」ではなく、学問的な手続きに則りながら、「たえず書きかえていく探究対象」である。

私の世界史の授業のイメージ
私の世界史の授業のイメージ

 このような世界史の教師である私にとって、このほど刊行された清水和裕・貴堂嘉之・鈴木英明編『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』(明石書店、2026年)は、「衝撃」とも言える歴史書であった。本書は世界史に対する見方の大きな転換――それは「人類がいかに奴隷制・奴隷貿易を展開してきたか」という問いを世界史全体の根底にすえることだ――に気づかせてくれたからである。その問いは、さらに「世界史のなかで人びとは他者とどのような関係を結んできたのか」という根底的な問いに深めることができるものだ。

 明石書店の「エリア・スタディーズ」の一書として編まれた本書は、このシリーズの中では異彩を放っている。対象とするエリアが世界全体であり、対象とする時間も古代から現代まで、つまり壮大な世界史なのである。しかも各章が執筆者の専門領域の寄せ集めではなく、共同研究の成果として世界史の見方を提示しており、さらに現地調査を踏まえたエピソードがコラムの形で補完されている。グローブとエリアを見事に往還する書物なのだ。

自由と隷属のスペクトラムのなかにいた多様な人びとをとらえる

 では、本書を読みながら世界史を学ぶことで、世界史の見方がどのように変わってくるかを三点にわたって述べてみよう。

 第一に、「総論」が鋭く理論的に総括しているように、「自由人」と「奴隷」を二項対立のようにとらえるのではなく、私たちも含む世界史上の人びとが「完全な自由と完全な隷属の中間」、つまり自由と隷属のスペクトラムのいずれかのポジションに置かれているととらえる見方を提示している。この見方によって高校世界史が陥りがちな、「奴隷」とは古代世界と大西洋三角貿易に見られた特殊な抑圧事例であるという見方を転換させ、古代から現代までの「世界史全体」のなかで自由と隷属のありようを見つめ直す必要性に気づかされる。世界史上の奴隷/隷属者について考えることは、自分も含めた現代世界に生きる人びとの自由と隷属をいま一度、見つめ直すことにつながるのである。

 第二に、従来「奴隷」の概念のもとに一括りにされがちであった人びとの中にもグラデーションがあり、隷属状態のなかで耐えがたい苦痛を味わった者たちが多数存在していたことはもちろんだが、一方で社会的な地位を上昇させていった者や、生存戦略のために自ら隷属を望む者もいたなど、隷属状態にあった人びとの多様性が浮かび上がってくる。そしてそうした多様な人びとが、生き続けることと自由であることを実現するために様々な行動をとり、歴史を変えていく。有毒植物の種子を体内にとりこみ「中絶」することで農園主に抵抗したカリブ海の英領植民地の女性たちもしかり、コーヒー農場から集団逃亡をして奴隷制を事実上崩壊させていったブラジルの奴隷たちもしかりである。本書は、世界史を動かしていくのは教科書に出てくるような最高権力者たちだけでなく、教科書からこぼれ落とされている無数の人びとの営為なのだということに気づかせてくれる。

世界の奴隷制を連続性と独自性の両面からとらえる

 第三に、世界史上に綿々と展開されてきた「地中海型奴隷制」というありように着目することで、自由と隷属のスペクトラムのなかに生きた人びとが、歴史的なつながりの相のもとに浮かび上がってくる。これによって古代オリエント~古代ギリシア・ローマ~イスラーム社会~近世のスペイン・ポルトガルの人びとが、どのように他者を隷属させて使役してきたかということに連続性があることに気づかされる。その根底には戦いで敗けた側の人間や、異なる宗教をもった人びとに対して、さらには女性や子どもに対して、自分たちと同等の人間であると見なさずに強制連行や売買の対象にした他者認識がある。これまでの世界史教育では古代ギリシア・ローマの奴隷制と大西洋奴隷貿易がそれぞれ別もののように語られてきたが、それらがイスラーム世界の奴隷制を結節点にしてつなぎあわされる。そしてこの「地中海型奴隷制」が東アジアや東南アジアにもともと存在していた隷属制度と出会い、それらを変容させるとともに、アメリカ大陸ではプランテーションの労働力としての奴隷をアフリカ系の人びとにターゲット化し、人種主義の他者意識を広げていく。

 こうした「地中海型奴隷制」の連続面に着目することで、そこからさらに独自の方向に進展する二つの奴隷制――売買されるけれども所有者側の社会に同化して多様な存在形態がうみだされるインド洋各地の奴隷制と、奴隷解放を挟みつつも一貫して黒人とされた人びとを極めてシステマティックに市民から排除していくアメリカ合衆国の人種奴隷制――がいかに特徴的なものかも見えてくる。さらには「安価で、維持しやすく、使い捨て可能な労働者」を求める「使い捨てモデル」の現代奴隷制が、奴隷解放後の今もなお「契約」による雇用という法的な正当化を得て世界にはあふれている。

世界史を学ぶことは「問い」を引き受けること

 こうして私たちは、いかに人間というものが他者を奴隷にしてしまうか、あるいはいかに人間が奴隷労働に依存して生きているかという人間洞察と、今もなお人種主義、ジェンダー不平等、統治技術、資本の論理などが結びつくことで、いかに人びとが多くの他者を隷属させているかという現代世界の非人間性を学ぶことになる。そこから「あなたはこの現実の中でどう他者に向き合っていくのか」という根本的な問いが立ち上がってくる。

 歴史教育においては、本書を奴隷制についてのフレームの参照系(=「鳥の目」で歴史を見ること)とし、それぞれの時代に奴隷とされた人びとの受難と抵抗の具体的な姿や声に迫る史料(=「蟻の目」で歴史を見ること)と組み合わせることで、従来よりもはるかに踏み込んで考察する学習が可能になってくるだろう。

 世界史を学ぶということは、長い歴史の無数の奔流が交錯する「いま」において、たくさんの「問い」を引き受けて生きていくことの大切さに気づくことだ。本書の66章は、そのことに改めて気づかせてくれた。この名著との出会いを心から喜びたい。

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