映画『リンカリンカ~あの夏の先』公開記念 カンドゥン監督インタビュー チベット女性による映画と文学を語る
記事:春秋社
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――これまでのチベット映画では⾒られなかった現代のラサの若者たちの描写に強い印象を抱きました。
監督:⻑い間、チベットを映した映像の中で私が⽬にしてきたのは、主に草原の⾵景です。もちろんそれも⾮常に重要なことです。でも私は、なぜ私たちの世代の経験がこれまでスクリーンに映し出されてこなかったのだろう、と感じてもいました。さらに、多くの⼈が抱くチベットの若者のイメージも、「⾚い頬で、チベット語以外は話さず、都会的ではない暮らしをしている」といった固定観念のままなのではないかと思います。だから、本当のラサの若者たちの⽇常や、彼らの成⻑の過程を、スクリーンに映し出したいと思いました。
私たちの親の世代は、伝統⽂化が強く息づく社会で育ち、その後、いわゆる近代⽂明の⼤きな衝撃を直接受けました。⼀⽅で私たちの世代は、伝統と現代が共存する環境の中で育っています。だからこそ、より柔軟で、多様な価値観を受け⼊れられるのだと思います。⼈⽣の選択についても同じで、必ずしもチベットに残る必要はなく、ほかの⼟地で暮らすことを選ぶ⼈も増えていますし、そう考える若者はこれからさらに増えていくのだと思います。
――⽇本ではあなたが劇場公開される初めてのチベットの⼥性監督になります。北京で映画を学ぶ⼥性も増えているとは思うのですが、現在チベット⼈の監督には⼥性は何⼈もいるのですか?
監督:少ないですね。ただ、私が知っている⼈が⼆⼈います。⼀⼈はドゥルツィキ。⻘海省出⾝で、『Other Side of Monlam River』という⻑編映画を監督しました(*2025年FIRST⻘年映画祭でプレミア上映)。もう⼀⼈はテンジン・セルドン。彼⼥はアメリカで映画制作を学んでいて、もうすぐラサに帰ってくるはずです。
――映画は⽗と娘の関係に⽐重が置かれ、⺟親の存在はあまり感じられません。そのように⺟親を描いた理由を教えてください。
監督:この映画では⽗と娘の関係を描きたいと思っていました。その理由は、もともと⾃分が⽗娘の関係に興味があること、以前から⼩津安⼆郎監督の映画がとても好きで、私⾃⾝と⽗との関係も影響しているのだと思いますが、⼩津映画に出てくる⽗娘の関係がとても好きだということがあります。
また、中国映画では、⽗親はDVを振るう存在だったり、家庭内の不在者として描かれたりすることが多いと感じています。だから私は、それらと少し違う⽗親像を描きたいと思ったのです。⽗親を中⼼に据えたので、⺟親の存在は意図的に不在にしています。「⺟親は家にいて家族を守るべきだ」という描かれ⽅があまりにも多いからです。でも私の映画の⺟親は、しじゅうどこかに出かけている。なんなら世界中を旅していると考えられてもいい。あえて不在の存在にしたかったんです。これは私⾃⾝の⺟にも重なっています。私の⺟は、思い⽴つとすぐに出かけるような⼈です。ラサには⾃分の考えを持ち、⾃分の判断で⾏動するチベット⼈⼥性がたくさんいます。⽐較的⾃由な⽣き⽅をしている⺟親が多いんです。若い世代にもさまざまな仕事をしている⼥性がいて、彼⼥たち⾃⾝も⾃分の⺟親から影響を受けています。
――ツェリン・ヤンキーの『花と夢』を読まれたと伺いました。チベット自治区で刊行されたチベット語の長篇としては初の女性作家による作品で、本作の字幕監修を務めた星泉さんが翻訳されています。この小説の感想、そして小説から受けた影響があれば教えてください。
監督:2020年、大学院の2年生の時に里帰りをしてラサに長く滞在しました。そこで改めて、自分の母語であるチベット語の文学を集中的に読み始めました。その最初の作品が『花と夢』でした。それまでもペマ・ツェテンの作品や神話や昔話などを読むことはあったのですが、それ以外にチベット語で読んだ作品としては初めてで、とても感動しました。特に、登場人物の女性たちの運命には心を打たれました。この小説は高尚な何かを描こうとしたのではなく、世俗の人びとの暮らしが書かれていて、私にはとても読みやすく、物語に没入しやすかったのです。『リンカリンカ』への直接の影響は少ないとは思いますが、今は『甜茶館の女の子』(甜茶馆女孩/Orlo in the House)という次の映画を準備しているところで、その作品には影響を受けています。比較的社会階層の低い女性の、しなやかな生き方を描いた作品です。
――『花と夢』は日本ではシスターフッドの物語、つまり女性同士の連帯を描いた作品として評価されました。『リンカリンカ』も明るい部分だけではない女性同士の絆が印象的でしたが、チベットあるいは中国でもシスターフッドというのは注目されているのでしょうか?
監督:この映画を撮っていた2020年から24年ごろは、まだ女性同士の連帯を描いた作品が一つの流れとして生まれていると感じることはありませんでした。ですが本作が映画祭で上映された2025年頃になると流れが生まれてきたと感じました。わたしの聞いているポッドキャストでも文学の話題になるとこの話題が出てきましたし、実際中国文学界でも女性同士の友情や連帯が描かれるようになっています。最近ではアイルランドの作家サリー・ルーニーの『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』が中国語に翻訳されて人気です。そうした動きはこの映画にとっても幸運なことだと思います。
――ペマ・ツェテン監督にも影響を受けたそうですね。彼は小説家でもあり日本語訳も出ています。ほかに影響を受けた作家や小説はありますか?
監督:実は父が文学部出身で、詩や小説を書いているので、小さい頃から昔話や小説に親しんできました。中でも特に好きなのはツェリン・ノルブの『放生された羊』と『祈りの言葉は風の中』、チャン・ヤン監督の映画にもなったタシダワの『皮紐の結び目につながれた魂』や『ラサへの道』です。それからペマ・ツェテンの作品では『都市の生活』というチベット語の短編集が気に入っています。その3人からはとても影響を受けました。
(注:日本語で読めるペマ・ツェテン作品には、『ティメー・クンデンを探して』(勉誠社)と『風船』(春陽堂書店)のふたつの作品集がある。ツェリン・ノルブの短篇は『チベット幻想奇譚』(春陽堂書店)などに収録されているが、上記作品は未邦訳。タシダワの2作品は『風馬の耀き:新しいチベット文学』(宝島社)に収録されている。チャン・ヤン監督の映画『皮绳上的魂/Soul on a String』は日本未公開)
――昔話といえば『チベットのむかしばなし しかばねの物語』も近年日本で絵本として出版されました。こうした昔話や神話からもインスピレーションを受けたことはありますか?
監督:知らず知らずのうちに体に染みついた影響を受けていると思います。たとえば『リンカリンカ』ではおじいちゃんが小話を語ってくれる場面で、巡礼者たちが脱いだ靴をお釈迦様が見守ってくれるという話が出てきますが、これは私が子どものときに聞いた話です。次回作の『甜茶館の女の子』でも神話的な要素を入れました。チベットの基層にあるものを表現したいと思っているのです。
チベットにはいろいろな物語がありますが、『しかばねの物語』はベケットの『ゴドーを待ちながら』に似ていると思いますし、先日はクリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』を観たのですが、ホメロスのこの物語がチベットの叙事詩である『ケサル王物語』に似ていることに非常に驚きました。
――チベットで女性映画監督はまだ少ないという話でした。女性作家も、ツェリン・ヤンキーさん以外の作家はあまり多くいないと伺っています。これから表現の仕事を志すチベットの女性、それから日本の女性に向けて、メッセージをお願いします。
監督:最近は女性が表現にチャレンジする機会はどんどん増えていて、とても良い状況だと思います。私たちは女性の表現者として、一緒に頑張りましょうと伝えたいです。生活や、世間の価値観や社会の規範意識などに縛られずに頑張っていきましょう。そして、周りにあなたのことを励ましてくれることがいないときは、自分で自分自身を励ましてあげましょう。
(通訳・翻訳:磯尚太郎)