チベット側から見たシュクデン――モンゴル文学『シュグデン』の背景とは?(前編)
記事:春秋社
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春秋社からモンゴル文学の、それも『シュグデン』というタイトルの本が出ると聞いたとき、正直いって腰を抜かしかけた。シュグデンはモンゴル語の発音なので、この文章ではあえてチベット語の発音によせたシュクデンと表記させてもらうことにするが、この祟り神/護法尊は20世紀最後から21世紀のチベット難民社会に多大な軋轢と分裂をもたらし、深い傷跡を残した存在なのである。
シュクデンは敵に回せば恐るべき祟り神、味方にすれば富をもたらす強力な財神である。現在の日本人には、その心理的・社会的影響力の強烈さは想像しにくいと思うが、いってみれば平安時代の宮中を震え上がらせた菅原道真の怨霊に対して当時の日本人が感じていたであろうまがまがしさと畏怖と恐怖感を、今なおチベット人はシュクデンに対して覚えているのだ。シュクデンはチベット仏教のゲルク派の純血性をひたすら重んじ、それを乱そうとする者におそるべき報復をなす神なので、ゲルク派以外の宗派のラマたちはみな戦々恐々、「その名をみだりに口に出してはいけない、口にするだけでもすぐさまその場にやってきて祟りをなす」と言っているのを耳にしたこともある。なんだかハリー・ポッター・シリーズの「名前を言ってはいけないあの人」を彷彿させるではないか。
私自身、シュクデン問題に揺れるチベット難民社会を垣間見たことがある。2010年の3月ごろ、南インドのチベット難民居留地バイラクッペに再建されたセラ僧院を訪れた私は目をむいた。僧院内のあちこちに「シュクデン信者立ち入り禁止」の張り紙が掲示され、僧院用商店の入り口にも「シュクデンの信者に決して商品は売らない」と大書されている。
聞くところによると僧侶全員、僧院当局から「私はシュクデン信者ではありません」という宣誓書にサインすることを求められたとか。もっと驚いたことに、セラ僧院配下の学堂のひとつがシュクデン信仰の放棄を拒否、僧侶グループの一団がそこに立てこもり、下手すると血も流れかねない有様だという。当然シュクデン信者と非信者は、一切交流することはできない。
シュクデンのそもそも起源は、長らくダライ・ラマ5世と対立関係にあり、謎の死をとげたゲルク派の高僧タクパ・ギェンツェンが死後怨霊化し、どうしようもなくなったダライ・ラマ5世がギェンツェン・ドルジェ・シュクデンの名を与えてサキャ派に祀るように依頼したところから始まる。一説によると、タクパ・ギェンツェンはダライ・ラマ5世と宗教論争して打ち勝ち、勝利のしるしとして儀礼用スカーフのカターを授けられたものの、まもなくそのスカーフを喉に詰められた状態で亡くなっていたという。ちなみにドルジェ・シュクデンとは「金剛の力」あるものという意味である。
とはいえその後長らくチベット仏教世界ではマイナーな存在にすぎなかったシュクデンを、ゲルク派の一大守護神に、特にゲルク派の純血性を守る存在としてチベット仏教の護法尊パンテオンの中枢にまで引き上げたのは、20世紀前半に活躍したパポンガ・リンポチェ(1878–1941)の力が大きい。パポンガからシュクデンの教えを引き継いだのがダライ・ラマの専任教師となるティジャン・リンポチェ(1901–1981)である。ダライ・ラマの専任教師はヨンジンなる敬称がつき、その権威と影響力たるや、そこらの化身ラマの及ぶものではない。要するに化身ラマの先生となるにふさわしい人物のみに認められたタイトルなのである。ティジャン・リンポチェはあまたの弟子を育て、当然、シュクデン信仰をも自分の弟子たちに、そしてゲルク派全体に広めていった。
これが問題として表面化したのは1975年、ゼメー・リンポチェなるゲルク派のラマが『黄色い本』という書物を著わし、ゲルク派なのに他宗派のニンマ派の修行を行ったことでシュクデンの怒りを買い、早死にしたラマたちの名前をそこに列挙したことに端を発する。ダライ・ラマ法王はこれに大いに反発、そもそも亡命後の法王はゲルク派のヘッドというより、チベット全宗派を率いる立場にある。宗派間の争いを引き起こすような本を認めるわけがない。また法王が毎日唱えるシャーンティデーヴァの『入菩提行論』を手ほどきしたのもニンマ派の放浪行者クヌ・ラマ・リンポチェである。純粋ゲルク派などに肩入れするはずもない。
法王はつどつど公の場で、ソフトな形でシュクデン信仰をやめるように民衆に促してきたが、1996年になって、瞑想の結果、シュクデンは悪霊そのものであるという結論に達したと断じ、チベット亡命政府とかかわるものはその信仰を捨てるようにと命じるようになった。そのことが、私がまのあたりにしたチベット難民居留地の光景につながっていくのである。
この話を耳にした日本人ならきっと思うことだろう、「え、それで何が問題になるの? ダライ・ラマ法王が嫌がっているというなら、仏壇からその神様の像を撤去して、明日からお供え物を上げなきゃいいんじゃないの?」
しかしチベット密教の世界はそんなに甘くないのである。自分の根本ラマから護法尊の教えを授かり、それを一生修行しますと誓い(三昧耶戒)を立てたら、一日たりとも欠かすことなく、その尊格に対してお経をあげ、供物をささげ、瞑想修行しないといけないのである。それを破れば、自分の根本ラマとの誓いを破ったことになり、死後、金剛地獄に墜ちること必至である。信者たちは「私たちがこれまでその修行のために費やした努力と時間をすべて否定するのか」と泣いたという。(後半につづく)