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最注目の俊英3名による、令和の必須文献──谷川嘉浩/朱喜哲/杉谷和哉『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』より

記事:筑摩書房

令和の人文を象徴する鼎談が、約4万字の増補をくわえて文庫化。解説・三宅香帆
令和の人文を象徴する鼎談が、約4万字の増補をくわえて文庫化。解説・三宅香帆

改めて、ネガティヴ・ケイパビリティとは何か

 まずは谷川さん、ネガティヴ・ケイパビリティのお題で最近お声がかかることが増えていると。

谷川 『スマ哲』と『ネガ生き』のおかげで、各所で「ネガティヴ・ケイパビリティ」関係のインタビューや講演、対談をすることになりました。多いジャンルだと、リーダーシップ、教育、看護・医療、文学、宗教、コミュニティデザインあたりでしょうか。せっかくだからと思って、ネガティヴ・ケイパビリティに言及した英語圏の論文をまとめてリサーチしたんですね。そうすると、好んで話題にしがちな業界は日本とほぼ一緒でした(経営・ビジネス、教育、看護・医療)。いずれの分野も、そもそも不確実性の高さが避けられないジャンルなので不思議はありません。
 用法の共通点を調べると、明らかに多義的であることがわかりました。ただ、それでも共通しているのが「不確実性への耐性」、つまり、(ジョン・)キーツが書いた意味合い、事実や理由に飛びつかずに、答えを急がないでいる力です。これが最小限のネガティヴ・ケイパビリティだと言えます。
 あとは、論文ごとに結構違う。状況やリソースを批判的に吟味する「反省性」をカウントする文章もあれば、その結果、新たな視点や洞察、解決策が生まれることまで考慮する「創造性」まで含まれると考える人もいる。
 最も重たい条件が、「懐疑性」(理性批判)。つまり、そのような自分の能力全般に対する健全な懐疑的姿勢を持つことです。「不確実性への耐性」以降の規定は、自由に決められるオプションとして考えればいい。

 なるほど。

谷川 「じゃぁそれってどういうこと?」「ネガティヴ・ケイパビリティって結局何?」という声がやはり聞こえてきそうですが、ネガティヴ・ケイパビリティについていくら調べても、これ以上の情報は出てこない。実際説明してみようとすればわかりますが、具体的なコンテクストやテーマを意識するほかない。その意味で、ずっと具体例を論じ続けた『ネガ生き』は妥当なアプローチだったなと実感させられました。
 実際、キーツ自身も「不確実性への耐性」に短く言及したあとは、シェイクスピアとかコールリッジみたいな具体的な創作者の話しかしていないんです。(ウィルフレッド・)ビオンや帚木(蓬生)さんも同じ。結局、それぞれの現場に引き取って具体化するか、別の概念や方法と組み合わせることでしか、ネガティヴ・ケイパビリティって語れないんですよね。いくつかほかにも発見したことはありますが、重要なのはこんな感じです。

孤独になるというニーズの高まり

 いまネガティヴ・ケイパビリティへの関心が高まっているということでしたが、どういうニーズとか、どんな変化からそれが起きてると観測されてますか?

谷川 立ち止まっていいし、それこそがむしろ大事だ、モヤモヤをスルーせずに抱えておくことが大事だという発想のニーズはめっちゃ感じます。やっぱり、生活者って社会人であれ学生であれ、その他の身分であれ、結局みんな忙しい日々を過ごしているからでしょうね。作業の合間にスマホも侵入してくるし、終始落ち着きがない。
 ただ、ネガティヴ・ケイパビリティが大事だとしても、相手の状況によって言うことを変えるよう注意しています。生真面目そうな若者相手には、「強引に意見を持とうとすると他人への同調になるし、意見未満で立ち止まってもいいよ」と安心させる方に振って話すし、研修慣れしていそうな企業に呼ばれたら、「『不確実性の時代だからネガティヴ・ケイパビリティって大事ですよね』って言って満足するの、めっちゃ答え急いでいるので全然ダメです」って言ったり。
ネガティヴ・ケイパビリティを伝道するときって、相手の状況に応じて、ちゃんと意味ある仕方で受け取ってもらわないと仕方がないので、同じことを話す人はむしろ大事なものを見落としているんじゃないかなと思います。

 谷川さんのもうひとつの最近の枕詞だと思うんですが、『スマ哲』がベストセラーになっていて、帯にも書かれてましたが、「常時接続の時代にどう考えるのか」と。
 いまの子どもたちはみんなそうですけど、Discord 等のツールでほぼずっとつながり続けてますよね。ゲームやることから、勉強することから、何もかもシームレスにつながってるみたいな状況があると思うんですけど、人と一緒にいすぎるときにどうやって一人になるんだろうと。ネガティヴ・ケイパビリティに引きつけるならば、安易な同調をしたりするんじゃなくて、どうやってそこにちょっと立ち止まったりとか、淀みを作ったりするのか。それはとくにいま、社会的なニーズになっているのでしょうかね。

谷川 どのSNSでも、プロフィールとタイムラインという要素は共通していますよね。プロフィールは、人に自分をどう見せるかを編集して、自己幻想を膨らませる場になっているし、タイムラインは、可視化された世間や空気です。繕いきれない部分ごと生々しくつながることなく、自分と世間への幻想だけが増幅しやすい設計になっています。スマホは当然便利だけど、つながりの潜在性というか、つながりの気分を手に入れただけで、実際に接触を感じられる人は多くない。
 そうすると、モヤモヤって大事だよとか、モヤモヤを抱えておく前提条件として、自分一人で静かに過ごす時間や孤独って価値あるものだという言説が、当然生まれてくるだろうと思います。

孤独のジェンダーギャップ?

 ちょっと話を広げますが、3人の共通の友人に、今もっとも活躍される書き手である三宅香帆さんがいますね。2024年にもっとも売れた人文書である『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)で、新書大賞2025を受賞しました。

杉谷 ほんとにすごいですよね。

 三宅さんの、なぜ本を読むべきかというメッセージも、谷川さんの話と関連しています。つまり、本を読むことで初めて人は孤独になれるからだと。
 そして、それはいまの社会ではとりわけ女性にとって難しい。だからこそ、女性が本を読んで、その体験について書ける場所を、そのための言葉遣いを作るのだ。それが三宅さんが表明されるモチベーションですし、書き手としての公共心だなといつも感銘を受けます。いまこそ、この仕事が求められているのだろうと。

谷川 幼い子どもを育てている女性から、「孤独って大事だと思う」という話をされたことがあります。難しいがゆえの言葉だと思います。

 『踊れ、愛より痛いほうへ』(河出書房新社)で芥川賞候補になっておられた小説家にして詩人の向坂くじらさんが、ご自身が通った塾の恩師である柳原浩紀さんとの共著で『群れから逸(はぐ)れて生きるための自学自習法』(明石書店)という勉強についての本を出されています。芥川賞、そして萩原朔太郎賞の候補にもなった作家の書く勉強・学習論はめずらしいと思います。彼女自身がオープンにされていますが、不登校の経験がおありで、学校の学びとか勉強になじめない人にとって、それでもやっぱり「勉強」って大事なんだよと。しかもそれは大学受験のためにやるものじゃなくて、一生かけてやるものなんだと論じられています。
 タイトルで「群れから逸れて生きるための」と言われるとおり、何のために勉強するのかという問いへの究極の答えが「一人になるため」なんですよね。勉強することで、人は初めて孤独になれるんだと。だから、孤独であることがある種の贅沢で、がんばって獲得しなきゃいけないっていうのが、今の基調にある。そこにネガティヴ・ケイパビリティブームも共鳴しているのかもしれません。

谷川 そう思います。『スマホ時代の哲学』にいろんな方が推薦コメントを寄せてくれたのですが、そのなかに「ゆる言語学ラジオ」というYouTube チャンネルのパーソナリティである水野太貴さんがいるんです。彼は、実は孤独になることにこそ勇気が必要なんだってコメントをして。今の時代、一人になるってことをあえて選択しないといけないから、ネガティヴ・ケイパビリティを語る上で勇気というトピックもあるだろうなと思いました。

政治にとって孤独とは何か

杉谷 興味深く聞いてました。すぐにつながるデバイスがすぐそばにありますから、人の意見を見れちゃうんですよね。お店行くにしても食べログを見るとか、SNSでトレンドを見てしまう。コミュニケーションを積極的に取って共同の場を作ってるわけではないが、孤独ではない、というところに今の特徴があるのかな。たくさんの他人の目を常に介してものを見てる、そういうライフスタイルがこの数年でもかなり定着したんじゃないかなっていう気がしています。
 2025年夏にあった参院選では、参政党の伸長が話題になりました。しばしば語られるのが陰謀論的な側面があるというようなことですね。
 地方で参政党を支持している方々と会うことがあるんですけど、彼らは、自分たちの主張が社会においては受け入れられないものだとわかってるんです。要するに、ワクチンがダメだとか、あるいは農薬がどうこうというのは、家族に言ったら引かれるわけです。ただ、そういう場に行くと、分かってくれる仲間がいっぱいいる。そこにある共同体というのは、強固なものなわけです。そこでは孤独とかは解消されて、自分たちと同じような考えを持ってる人たちがいっぱいいるということがわかる。要するに仲間がいるんですよね。

谷川 『ネガ生き』本編でも、陰謀論デモの参加者が、めっちゃ居心地よさそうにしているという話が出ていましたね。

杉谷 そうそう。ネガティヴ・ケイパビリティの話に引きつけて言うなら、そこでいいのか、という議論になると思います。自分の考えを否定されるのが嫌だから、同じ人のところを探して行っちゃう。それでいいのか。
 自分と同じ発想の人たちの間にだけいると、考えは深まっていかないし、自分の考えの更新の可能性を閉ざしてることになりますから、それではダメなんだっていう話になるのですが、そこでちょっと私はもう少しパズルを複雑にしてお二人にお返ししようと思います。
 孤独でいることと政治って、たぶん致命的に相性悪いんですよね。政治では、多くの仲間を作っていくことが必要です。その中で自分は一匹狼で生きるって、それはそれで構わない。だけれども、それで生きていると、結局その人の利益や主張というのはまったく社会に反映されない、あるいは無視されてしまう。当然これは、マイノリティの意見が反映されにくいという構造的な差別にもつながるわけで、現代社会の大きな課題です。
 ただ、政治における基本線としては、仲間を作っていかないといけないのは確かだと思います。要するに連帯ですね。ですが、この話わかるよねっていう人たちだけでいると、かえってその思想が極端になっていって、「分断」のような構図になってしまう。仲間を増やせないわけです。

谷川嘉浩/朱喜哲/杉谷和哉『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(ちくま文庫)
谷川嘉浩/朱喜哲/杉谷和哉『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(ちくま文庫)

『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』目次

はじめに

第一の対話――2022/04/04
▼イントロダクション ナラティヴと陰謀論をめぐって
第1章 「一問一答」的世界観から逃れる方法――陰謀論、対人論証、ファシリテーション
第2章  自分に都合のいいナラティヴを離れる方法――フィクション、言葉遣い、疲労の意味

第二の対話――2022/05/07
▼イントロダクション 地球を覆い尽くすアテンションエコノミー
第3章 「アイヒマンにならないように自分の頭で考えよう」という言葉に乗れない理由――コンサンプション(消費)、アテンション(注目)、インテンション(意図)
第4章 信頼のためには関係が壊れるリスクを負わねばならない――マーケティング、トラスト、脱常識
第5章 「言葉に乗っ取られない」ために必要なこと――SNS、プライバシー、言葉の複数性

第三の対話――2022/07/16
▼イントロダクション 徳と観察をめぐって
第6章 自分のナラティヴ/言葉を持つこと――倫理、相対化、ナッジ
第7章 公と私を再接続するコーポラティヴ・ヴェンチャー――関心、実験、中間集団
第8章 イベントとしての日常から、エピソードとしての日常へ――観察、対話、ナラティヴ

第四の対話――2025/08/05
第9章 ネガティヴ・ケイパビリティにとって孤独とは何か――政治、クラフト、オルタナティヴ
第10章 AI時代の言葉を哲学する―― ケア、孤独、熱狂
第11章 言葉はごまかせないもの――メタファー、沈黙、責任

解説 三宅香帆「饒舌な時代に、それでも言い淀む瞬間」
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