カミの乗物「神輿(みこし)」を論じ尽くした初の書 ―― 森田玲『神輿と祭の民俗学』
記事:平凡社
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神輿は、読んで字の如く「カミの乗物」に他ならない。神輿は、日本の祭を代表する祭具である。山・鉾・屋台、地車〈だんじり〉といった「神賑〈かみにぎわい〉」の祭具は、人々の享楽的な楽しみに応えるかたちで展開してきたが、一方で、神輿は「神事」の祭具として、千年以上にわたって人々のカミに対する「祈り」に支えられて育まれてきた。
祭には、豊作祈願や収穫感謝、疫病退散といった献身的な「祈り」と、笛や太鼓の囃子をともなって華やかに展開する享楽的な「楽しみ」、すなわち、「神事」(祈り)と「神賑」(楽しみ)という二つの領域がある。本書の主題である神輿は、「神事」に属する祭具である。
神輿は、日本各地の祭で見られ、祭に馴染みのない人であっても「メディアを通して」という条件を付ければ、神輿を知らない日本人は皆無であろう。よく知られる神輿の姿といえば、屋蓋〈おくがい〉(屋根)に鳳凰を戴く金色の造形物で、チョーサ! やワッショイ! といった威勢の良い掛声をともなって屈強な男たちに舁〈か〉き上げられるものである。外国人観光客向けのパンフレットの類にも、神輿の写真が散見される。神輿は、日本の祭、ひいては、日本文化をイメージさせる手段として、優れて有効な存在である。
ところが、各地の祭を見聞し、史料を通して祭を読み解いていくと、このような一般的な説明には収まり切らない深淵な神輿の世界が広がっていることがわかる。神輿の中には、寺院の円堂〈えんどう〉のような六角形や八角形の神輿や、神社の社殿を小型化したような神輿もあって、それぞれ成立過程が異なる。また、神社の祭ではなく寺院の法要で、仏舎利や仏像を「神輿と同じ形態の輿」に載せる事例もある。多くの神輿に見られる金色の煌びやかな飾金具の多くは、実は、神式ではなく仏式の荘厳具である。今日一般の金銅装という神輿の形態は、カミとホトケが一体となって祀られていた神仏習合時代の産物である。
本書では、多様に展開する神輿を、その建築構造に基づいて、① 鳳凰や宝珠(葱花)を戴く四角形の「輦輿〈れんよ〉型」、② 鳳凰や宝珠を戴く八角形や六角形の「円堂〈えんどう〉型」、③ 神社を模した四角形の「社殿型」の三つに類型化し、それぞれの歴史的な成立過程を論じている。
「輦輿型」は、天皇の乗輿である「輦輿」(鳳輦・葱花輦)をモデルとする神輿である。輦輿は、カミ(神仏)や貴人に差し掛ける「天蓋〈てんがい〉」(傘)と「台座」が、「柱」によって統合されて成立した乗物である。
「円堂型」は、寺院の円堂と類似する八角形や六角形の神輿である。八角形のものは、天皇の玉座である高御座〈たかみくら〉との類似性が指摘されるが、本書では、「輦輿型」と同様に、八角形・六角形の天蓋に由来するものとし、複数の神輿が出る場合に、それらに乗る祭神を視覚的に峻別するために、形態の差異を図るべく生み出されたものと捉えている。
「社殿型」は、神社の社殿を模した神輿である。歴史的には、おそらく「輦輿型」よりも古く、その分布は、京都および出雲に顕著に認められる。ヤマト政権の影響が見られる以前から独自の祭祀形態が確立していた地域では、カミの乗物として、天皇の乗物を模した「ヤマト型」とでも称すべき「輦輿型」を導入するという発想が生まれにくかったのかもしれない。
本書では、「神輿の近代」についても詳しく論じている。神輿の姿は、奈良時代から幕末に至るまで、総じて大型化・複雑化し、装飾も豪華さを増すかたちで変化してきた。ところが、明治・大正期に、京都や大阪では、天皇の鳳輦を模した原点回帰的な神輿が創られるようになったのである。この「新式の神輿」は「御鳳輦〈ごほうれん〉」と尊称され、従来の重量感のある装飾に凝った金銅装のものとは一線を画した姿で、黒漆塗を基調とし、仏式の荘厳具を施さず、柱間は板壁ではなく御簾と帷で仕切る形式を採り、御簾の奥に貴人がいるかのような静謐な佇まいを見せる。この「古くて新しい」様式は、「王政復古の大号令」に見える「諸事神武創業ノ始ニ原〈もと〉ツキ」という明治政府の方針と、神社の祭の体系から、仏教的な要素や明治政府の目指す神道の様式とは相容れない要素を排除することを目的とした「神仏判然令」の産物であった。本書では、この原点回帰的な神輿を「純輦輿型神輿」と定義している。
純輦輿型神輿の登場によって、従来式の神輿の必要性はなくなるかに見えた。ところが、従来式の神輿は、破棄されずに残存・累積していく。これは、歴史的にカミの移動(神幸)に関わる存在である「神幸媒体」(筆者の造語)は、新しい神幸媒体が導入されても残存・累積するという、柳田國男の「もう一つの祭礼論」から説明が可能である。
また、明治・大正時代以降の東京の祭では、神社に所属する「宮神輿」に加え、それを数で圧倒する氏子町会などが所有する「町神輿」の存在感が増している。現在に至っては、「東京の祭の象徴は神輿である」といっても過言ではない。「町神輿」は、江戸時代以来、祭の神賑として人々の娯楽的要求に応えてきた「山車〈だし〉」や「練物」の代替として創られたものである。しかしながら、祭具の中でも最も尊ばれるカミの乗物としての神輿を、神事ではなく神賑の祭具として用いることは、「祭の定石」から逸脱する行為といえる。これに関して、神社からのクレームはなかったのであろうか――。「なぜ町神輿は成立し得たのか?」という問いに対する答えを導き出すための重要な手掛かりも、この純輦輿型神輿にある。このような「神事と神賑の越境」という興味深い現象の考察については、ぜひ本書でお確かめいただきたい。
「神輿、ここに極まる。」
神輿の歴史・文化を語り尽くす「神輿曼荼羅」
圧倒的な熱量で舁き手の魂をも震わせる
――京都 祇園祭 三若神輿会 幹事長 吉川忠男
巻頭口絵 〔カラーページ〕
はじめに
◎第一部
第一章 祭とは何か
第二章 カミの道行き
◎第二部
第三章 神輿の三類型
第四章 神輿の展開と神輿型の祭具
第五章 神輿を舁く人々
第六章 神輿による威圧と逸脱
巻中口絵 〔カラーページ〕
◎第三部
第七章 神輿はなぜ増えるのか──神幸媒体の神性と残存
第八章 なぜ町神輿は成立し得たのか──神事と神賑の越境