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「擬人化の日本美術史」書評 面白おかしくユーモラスな遺産

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2026年05月30日
擬人化の日本美術史 著者:島尾 新 出版社:淡交社 ジャンル:アート・建築・デザイン

ISBN: 9784473046765
発売⽇: 2026/03/19
サイズ: 18.8×1.9cm/272p

「擬人化の日本美術史」 [著]島尾新

 人面魚が話題になったことがあるが、これも擬人化の文脈に入るのでは? 擬人化でまず浮かぶのは「鳥獣戯画」である。蛙(かえる)と兎(うさぎ)が同じサイズで相撲を取る? 考えられない。そう、深く考えないことが擬人化です。
 「鳥獣戯画」の中で、僧衣を着た猿が経を読む正面に、でんと鎮座した蛙は「擬仏化」したのか、仏が「擬蛙化」したのか知らないが、仏事を茶化したパフォーマンスは傑作だ。
 また本書のカバー絵の「十二類絵巻」は、鶏、馬、牛、猪(いのしし)、虎、鹿、鼠(ねずみ)、龍、蛇などが人間の衣装を着て人間になりすまして〝擬態〟しているが、こうして見ると人間も何かの動物に似ているように感じられて、思わず、内なる〝擬態〟を探りたくなりませんか。
 そこで思うのは、擬人化は日本美術のいわば専売特許であると同時に、自らも人間になり切れない下等な動物の一部を所有していることに気づかないかな、ということ。
 本書で面白いのは、「神仏習合」を擬人化という文脈で見ておられる著者が、明治時代に「神仏分離令」で神社と寺院が分離されるまでは寺院の中に神社があり、神社の中に寺院があるのが普通だったという。
 その中に、抽象的で超自然的な神仏が人の姿で表されているという「擬人化」について指摘されていることに、思わず「そうなんだ」と手を打ってしまったのです。
 万物に神が宿るという八百万(やおよろず)の神の思想が、あらゆるものを「擬人化」してしまう。そんな土壌が、アニミズムとしての宗教観に裏づけされているというのが日本なんですね。
 「擬人化」を通して、古代から現代のアニメやゲームまで、直接言えない政治や社会への批判を、動物やその他の物を通じて、面白おかしく、人間臭く、さらりとユーモラスに「擬人化」する日本人の遺産を、改めてキャンバスに塗り込めなきゃ、と思ったのであります。
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しまお・あらた 1953年生まれ。美術史家。室町時代を中心に中国、朝鮮を含めた水墨画を研究。著書に『水墨画入門』など。