日記文学とはなにか――『アミエルの日記』を例に考える
記事:白水社
記事:白水社
近年、日本では日記がブームの様相を呈している。さまざまな業界のひとが自分の日記を、あるいは日記に依拠した著作を刊行し、少なからぬ一般市民がブログで日記を綴り、公開しているのは時代の徴候と言ってよい。日記専門のブックカフェもあり、そこでは有名な作家、芸術家の日記だけでなく、無名の市民が綴った日記、日記に関する研究書、さらにはさまざまなタイプの日記帳まで並べられている。日記という私的な文章とその実践をめぐって、まるで愛好家たちの知的共同体が形成されつつあるかのようなのだ。
日記という日常的な実践であり、同時に文学の一形式であるエクリチュールのひとつの極北が、スイス人アンリ゠フレデリック・アミエル(1821–1881)が残した日記にほかならない。この度、彼の日記のアンソロジーが復刊されるのは、それゆえ誠に喜ばしい。この本を手に取った読者は、みずから日記を付けているひとかもしれないし、たんに一読者かもしれない。いずれにしても、日記という人々にとって身近な営みの構図を考えるのに、アミエルの日記は多くの示唆を与えてくれるはずだ。
本書の訳者は、2冊の底本に依拠しつつ「適当に取捨選択して」、「かなり便宜的」に全体を19の章に分類したと「訳者あとがき」で述べているが、これは奥ゆかしい謙遜であろう。選文集とはいえ、かなりの分量の2種類の刊本を精読し、テーマによる章立てを行ない、さらには各項目に小見出しがわりのタイトルまで添えたのは、訳者が原書を深く読みこみ、その本質を精確に把握していたからである。そこには、アミエルの日記をフランス・モラリスト文学の系譜に位置づけようとする意図が感じられる。実際、アミエルの箴言風の文章は、17世紀のパスカルやラ・ロシュフコーを想起させずにいない。
日記を日付の順に読んでいくのは、ときに忍耐を要する単調な作業であり、内容の予測がつかないだけに、いわば羅針盤のない航海のようなものだ。本書は、アミエルの日記という宏大な海を渡っていくための羅針盤を提供しつつ、アミエルの思想と感性の襞に潜入することを可能にしてくれる。読者にとって、じつにありがたい書物なのである。ちなみに1960年代、訳者が2冊のアンソロジーしか読めなかったアミエルの日記は、幸いなことに現在ではその全体が活字化されている。全12巻、合せて1万2000ページを超える厖大な分量である。
アミエルは長い間ジュネーヴ大学で哲学を講じた教師だから、ジュネーヴの社交界や知識人グループともそれなりに付き合いがあった。本書に収録されていない部分では、大学の同僚、学生、知識人仲間、友人にたいする判断や感想、ジュネーヴの町と市民に関するときに辛辣な判断、休暇を利用して行なった旅行の記録と印象などもかなり詳細に記されている。しかし本書は、アミエルの日記から自己省察のページや、人生、とりわけ精神生活に関する考察や、哲学的な思索の部分をおもに収めている。それが現代の読者からすれば最も刺激的な部分だろう。
実際、日記作家としてのアミエルが最も関心を抱き、最も執拗に問いかけたのが自己自身だったことは否定の余地がない。本書の冒頭には、「自分について」と題された章が置かれ、多くのページと項目が含まれている。年代的には1851年から1881年、アミエルが30歳から60歳まで、日記執筆の全期間にわたって抜粋がなされている。彼にとって、自己省察が生涯をつうじての重要なテーマだったことが分かる。そこから輪郭が浮き彫りになる彼の自画像は、けっして明るく晴れやかなものではない。
「私の個性は、まったく個性をもたないこと」(本書34ページ)だ、といささか自嘲気味に書き記すアミエルは、みずからを慰撫するような幻想を抱かなかった。繊細で傷つきやすい人間である彼は、行動を前にして絶えずためらう。あらゆるものに共感できる能力を有しながら、断固たる意志が欠如しているせいで対象に積極的に働きかけることができない。自我に固執するあまり、周囲への適応性が弱い。恋愛に無関心ではないが、女性と相対したときは内気な性格が災いする。家庭をもちたいという気持ちはあるが、そうするだけの決断力が具わっていない。幸福になることを望みながら、それを十分に味わうことがなかった。内省的で、周囲との違和感に苦しむ人間はいつの時代、どの社会にも存在する。アミエルはその典型のような人間であり、日記を綴るという身ぶりはそのような人間にいかにも似つかわしいのかもしれない。[中略]
アミエルの日記は闘病日記でも、亡命日記でも、獄中日記でもない。特定の期間だけ綴られたのではなく、数十年にわたってきわめて規則的に、死の直前まで書き続けられた。そこでは思索や内面性の記述が多くのページを占めるとはいえ、職業生活、家族との関係、友人との交際などの日常性が織り込まれ、旅の思い出や読書の記録も綴られている。しかしみずから孤独を好み、その環境をみずからに課し、そうすることで生き、思索したアミエルが書き残した厖大な日記は、精神的な幽閉日記と呼べるかもしれない。孤独と蟄居を好んだ彼は、そうすることで日記執筆にふさわしい状況をみずから作りだしたのだ。その意味でアミエルは、生きて日記を綴ったというより、日記を綴るために生き延びた人間だった。その勇気ある決断(ひとによってはそれを惰弱な受動性と呼ぶだろう)は、現代の読者を感動させるに十分だろう。