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深田晃司監督「恋愛裁判」インタビュー 映画と小説で問いかける、アイドル文化が根ざす社会のあり方

深田晃司さん=junko撮影

(C)2025「恋愛裁判」製作委員会

「アイドルの恋愛は御法度」は常識?

――「恋愛裁判」の小説と映画が発売・公開されます。映画では小説と少し異なる展開もありますが、小説を書き下ろす際に意識した点はありましたか?

 基本的に映画と小説は別物だと思っていて、表現形式としても異なるので、単なる脚本の文字起こしにはならないようにと意識しています。小説は小説として、映画は映画として、それぞれが独立して楽しめるものにしたいということが前提としてありました。

――本作は実際の裁判に着想を得た作品ですが、なぜ「アイドルの恋愛」をテーマに選びましたか? 

 当時、インターネットの小さな記事として見つけたものだったのですが、アイドルの女性がファンと恋愛をしたことによって事務所から損害賠償を請求されたというニュースに、まずシンプルに驚きました。もちろんアイドルにとって恋愛が御法度だと常識的に知ってはいましたが、契約書にも書かれていて裁判にもなっている。そこから普遍的なテーマを抽出できそうな気がしましたし、アイドル業界という華やかでカラフルな世界と、法廷という静かでモノトーンの空間が、同じひとつの作品に共存するのはすごく面白いのではないかと。その対比にも惹かれたので、このテーマで映画を作ろうと思いました。

――これまでにも映画の撮影だけではなく、『淵に立つ』(2016年)、『海を駆ける』(2018年)、『よこがお』(2019年)、そして本作と自ら小説版を執筆しています。

 そうです。映画宣伝のプロデューサーから「書いてみないか」と声がかかって書くケースが多いです。映画監督になる前は、小説家になりたいと思っていて、高校生の時は小説家の真似事のようなことをして小説を書いていた時期がありました。時間的には執筆は大変なので毎回どうしようかと悩むのですが、小説を書いて出版できるだけでも有り難いことだと思っています。

アイドルを愛する人に届かないと

――キャストについては、「ハッピー☆ファンファーレ」のメンバーとして映画初主演の山岡真衣役の齊藤京子さんは元・日向坂46、清水菜々香役の仲村悠菜さんは私立恵比寿中学、三浦美波役の今村美月さんは元・STU48、辻元姫奈役の桜ひなのさんはいぎなり東北産。アイドルグループの現役と元メンバーを起用したのは、オーディションでやはり光るものがあったのですか?

 役に関しては、俳優とアイドルを対象にオーディションをしました。今回の役はアイドルの方が演じてくれたほうがリアリティーは出るだろうと思っていましたが、演技経験は俳優のほうがあるので、どちらに演じてもらうのか選択肢は両方にありました。ただ、アイドルの方は演技力の問題さえクリアできれば、ライブでのパフォーマンスやファンとのやり取り、仕草の作り方も自然と表現できる。アイドルとファンにおけるファンダムのカルチャーは長年蓄積されたひとつの文化ですから、そういったものを俳優が演じるのはなかなか容易ではないだろうなと。

 そしてこの映画はコンセプチュアルアートのようなところがあると思っていて、ある種の社会批評性を持った作品ですが、アイドル業界を問題視する人たちの溜飲を下げるためだけに作るのではなく、アイドル業界に生きる人やアイドルを愛しているファンの人たちに届かないと意味がない。そういった意味において、この作品にちゃんと当事者性が備わっていることは重要だと考えていました。

――主演の齊藤さんの演技はどのように感じましたか?

 齊藤さんは、オーディションの時から「面白いな」と感じました。いくつかのシーンを演じてもらったなかで、敬との恋愛が始まるような場面と、法廷の場面があったんです。アイドルだと本来はラブシーンのほうが比較的にハマりそうな印象ですが、圧倒的に裁判のシーンが良かった。齊藤さんの魅力である低い声も関係しているかもしれませんが、独白のようなシーンの中で、過剰に演じるよりも抑制されたなかで言葉をきちんと聞かせることができているのがすごくいいな、と俳優としての伸びしろを感じました。齊藤さんはアイドルだから選ばれたわけではなく、加えてちゃんと演技も良かったからということは強調しておきます。

――大谷梨紗役の小川未祐さんは「よこがお」から6年ぶりの深田監督作品の出演で、前作とはガラリと違った役どころでした。ハッピー☆ファンファーレでは唯一の俳優出身ですね。

 小川さんは確かに俳優組ですが、実は小川さんも10代の頃にはバックダンサーをしていた時期があったようで、ハッピー☆ファンファーレの振り付けもすぐ対応してくれました。よく頑張ってくれたなと思います。

――間山敬役の倉悠貴さんも俳優組となりますが、アイドル出身の方が多いなか、演技の面において小川さんと倉さんに期待した点はありましたか?

 そもそもオーディションで全員の演技を見た上でお願いしているので、俳優でもアイドルでも、期待することは変わりません。今回、小川さんも倉さんもオーディションの演技の結果、圧倒的に演技が良く役にもハマっていたので、その時点で安心していました。ただ、ハッピー☆ファンファーレのメンバーの中には演技の経験が浅い人もいたので、小川さんから良い影響を受けてくれればいいなとは思っていましたね。

――映画をご覧になる方や小説を読む方、両方をご覧になる方々に、それぞれの楽しみ方と見どころを教えてください。

 両方見ていただいても、どちらを先に見ても大丈夫なのですが、自分の中では映画がA面、小説がB面のように感じています。基本的には同じ物語ですが、アプローチの仕方が違っていたり、物語自体もある登場人物の展開が違っていたり。そういった点においてはパラレルワールドのような感覚で、どちらも楽しんでもらえればと思っています。

中2で衝撃を受けた「ガリヴァー旅行記」

――映画監督になる前は「小説家になりたい」と思っていた時期があったとのことでしたが、そもそもどの作家が好きだったのですか?

 好きな作家はたくさんいますが、10代の頃に一番強い影響を受けたのは、古い作品のジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』です。中学2年生の頃に読んで衝撃を受けました。

 この物語は全部で4章あるのですが、1章の小人の国や2章の巨人の国の話が児童向けの絵本としても有名です。でも実際は、とても分厚くてすごく読みづらい本で、完全に大人向けの旅行記の体裁になっていて。衝撃的なのは3章と4章。人間に対するペシミズムに満ちた話で、ものすごく影響を受けましたし、人生最大の読書体験だったと今でも思います。

――そうなのですね。ガリヴァーが小人に髪をくくりつけられているような絵本の内容しか記憶がありませんでした。

 4章になると、ガリヴァーがたどり着くのは、馬の国なんです。馬が知性を持って文明を築いている世界で、そこでは「ヤフー」という、形は人間だけれどすごく醜くて愚かな奴隷が働いている。そこでガリヴァーは客人的に扱われていたけれど、愚かで醜いヤフーと接するうちに人間嫌いになって、最後に馬の国から自分の国に帰っても、家族から距離を置いて馬小屋で馬とだけ話して生涯を終えるという物語で、人間に対する価値観をひっくり返されるような内容なんですよね。スウィフトは非常に社会批評性の高い作家なので、その時のイギリス社会や人間そのものに対する風刺にもなっていて、衝撃的でした。

――深田監督は実際に小説を書いて活動したこともありましたか?

 いいえ、本当に高校の時に趣味で書いていただけですね。その当時は泉鏡花に影響を受けて、とにかく泉鏡花の文体が素晴らしいので真似して小説を書いていました。でも文章にこだわりすぎて、かっこいい漢字や言葉を書くために文章を書くという、漢字オタクになってしまって、えんえんと物語が進まず完結しなくて(笑)。大学でも小説を書いてはいましたが、映画も好きだったので、映画美学校に入ったこともあって映画がメインになっていきました。

どんな題材でもそれは社会と地続き

――社会的なことにもアンテナを張っている印象がありますが、『恋愛裁判』は、社会面と恋愛面の両方で問題提起をしている作品でもあるように感じました。

 そうですね。最初に記事を見た時から社会性が高い話だと感じていて。アイドルが裁判にかけられる時点で単純にドメスティックな業界内でのトラブルではなく、非常に普遍的な社会問題としての人権の問題が包括されているな、と。といっても、自分はそこまで社会派ではないと思っていますが、毎回作品を創る時に意識しているのは、「どんな題材であってもそれは社会と地続きである」という感覚です。

 何気ない恋愛模様を撮っていたとしても、カップルが話しているだけの場面だとしても、彼らの立つ地面はあらゆる社会問題とつながっている。というようなことを意識できるかどうかは、すごく大事だと思っています。

――映画「恋愛裁判」が届く側のことを、事前にすごく考えている感じがします。

 それに関しては、今回はいつもとは意識が少し異なります。いつもは基本的に「自分が最初の観客である」ということを念頭に、自分が面白いと思うものを、ご覧になる方々もそう思ってくれるだろうと願っています。今回は、まずはアイドル文化の中で生きている人たちに届けたい。2015 年の記事を見るまで、自分はアイドルに関心がないとずっと思っていたのですが、実際にアイドルについて意識をしていくと、実はアイドルカルチャーとずっと共存してきたことに気づきました。

 日本に住んでいれば当たり前のように、歌番組にも紅白歌合戦にもテレビドラマにもCMにも映画にも、どこかにアイドルは出ているのが日常ですよね。きっと思っている以上に、日本や韓国といったアジアに住んでいる人たちはとくに、社会の隅までアイドルカルチャーの影響を受けて共存してきたんだと思うんですよね。だから、アジアに住むアイドルカルチャーに親しんでいる人たちから、アイドル当人やアイドルを目指す人、あるいはファンの人たちにまずこの映画を観てもらいたいですね。