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ドラマ「湯あがりスケッチ」に主演の小川紗良さんインタビュー 銭湯って、一人じゃない

小川紗良さん

体で味わって生まれた、血の通った作品

――ドラマの原案になっている塩谷歩波さんの『銭湯図解』を読んでみて、いかがでしたか?

 塩谷さんのことは「銭湯界隈で有名な人」ということはざっくりと知ってはいましたが、実際に本を読んだのはドラマのお話をいただいてからでした。ページをめくるにつれ、どんどん引き込まれるというか、(建築の図法の)「アイソメトリック」を用いてイラストも入れて銭湯を紹介するということをやった人って、今までいなかったじゃないですか。その独自性がすごいなって思ったのと、タイルや壁のシミなどの描写が本当に細かくて、その熱量に圧倒されました。銭湯にいる人たちの仕草も、絵が生きていている感じがするんですよね。

>お風呂は「湯面」でわかる 『銭湯図解』塩谷歩波さんインタビューはこちら

 塩谷さんの着眼点の面白さと、自分の足で色々な所に行って図解を書いているということに、すごく血の通っている作品だなという印象を受けました。頭だけじゃなく、体で味わってものを生み出すことの大切さみたいなものをこの本から感じました。

――第1話では、友人に誘われて初めて行った「タカラ湯」で、穂波は天井や周囲を好奇心いっぱいの目で見ていましたね。

 あのシーンは本当に銭湯に来たような空気感があったので、お湯の音や匂い、窓から入る光などを感じながら自然体に演じることができました。普通のドラマだと、銭湯のシーンでは服を脱いだら次はもうお湯につかっている、といった体が映ることに配慮したような撮り方をすることがあるんですけど、この作品は極力それをしないで、銭湯の生の空気感を大切にしていました。エキストラの方々もほとんど裸に近いような状態でいてくださったし、私も体を洗ったり髪の毛を洗ったりという一連をそのままやりました。 

 銭湯って、周りは知らない人たちばかりでも、「一人じゃない」という感覚があるんですよね。そのさりげなく包まれている安心感みたいなものが、この物語の穂波にとって自分を解放できる場所であり、ちょうどいい場所だったんだろうなと思います。

――ドラマは、『銭湯図解』の制作をきっかけに「タカラ湯」で働き始めた穂波が、様々な人々との出会いを通して成長していきます。現在第3話まで配信されていますが、今後の見どころを教えてください。

 後半では、穂波が「銭湯の絵を描く」という自分の道を見つけて、さらにワンステップ上の段階をあがっていく様子が見られると思います。穂波の選ぶ道がどうなっていくのか、そして「タカラ湯」のみんなと過ごす時間を見てほしいです。

映画監督と作家のバランス

――小川さんは役者の他にも、小説やエッセイの執筆に映画監督と、さまざまな形で表現者として活動されていらっしゃいますね。

 小さい頃からものづくりがすごく好きでした。絵を描いたり歌を作ったりして、それを人に見てもらって心を動かすということが、多分根っから好きなんだと思います。だけど、自分で作り出すばっかりだとそれはそれで行き詰まる部分もあって、俳優として他の人のチームに入って、そこから刺激を受ける時間も私にとっては大切です。今は作品を作り出すことに自分の心の重心を置きながらも、度々外に出て刺激を得るというバランスを大切にしています。

 役者業と映画を作る時は「チームの一員として自分がいる」という感覚があるので、みんなで何かを成し遂げることの楽しさをとても感じます。逆に文章を書く時は圧倒的に一人なので、自分の中で掘り下げていくという楽しさがありますね。

 みんなでやったからこそ一人でいる時間に考えられることがあったり、一人で考えている時間があったからみんなで共有できることがあって楽しいって思ったり。交互に刺激があることで、自分の中でバランスが取れて回っているなという気がします。

――初監督の映画は、児童養護施設を舞台にした『海辺の金魚』(2021年公開)で、その後、同名の小説も執筆されています。

 当初は小説を書くつもりは全くなかったのですが、「小説も書いてみませんか」というお声がけをいただいて書き始めたんです。思い切って、映画とはまた全然違う物語を作っていこうという気持ちで書きました。その過程で親子関係の心理学の本も読みましたし、施設関係の資料なども改めて読み返しました。各施設が出している機関誌のようなものがあって、保育士さんたちの日々のささいな出来事が書いてあったのですが、そういうところからもかなりインスパイアを受けて書いた本です。

――書き上げてみていかがでしたか。

 映画を撮った後だから尚更なのですが、小説って本当に自由だなと思いました。映画だとロケーションやお天気、予算など色々な制約があるのですが、小説の中では自分が書くだけだから何でもできて、その自由度がすごく楽しかったです。一方で、その自由の中で一冊の本を書き上げるということが一番大変なんだなとも思いました。書き出しの頃は楽しくても、段々「どう話を繋げていこう」と悩んだので、書き上げた時はすごく達成感がありましたね。

影響を受けた「暮しの手帖」

――映像作品と小説、それぞれ心がけていることはありますか。

 文章を書く時は、基本的に読みやすく書くようにしています。格好つけて難しい言い回しをするより、誰が読んでも楽しめる表現を目指したいなと思っています。逆に、映像を作る時は、説明し過ぎないようにしていますね。目で見るもので伝えられるものがあると思うから説明過多にならないようにしようと心がけています。媒体によって、アウトプットの仕方を変えようと考えることはあります。

――インプットはどんなものから?

 本や映画、音楽とかですかね。インプットする時間は自分にはすごく必要で、映画監督をずっとやっていた時期があったとしたら、その後はちょっとインプットする時間が欲しいなって思います。

――どんな本がお好きですか。

 小説だと、江國香織さんや今村夏子さん、山内マリコさんなど女性の作家さんが多いです。小説以外では、教育学を研究されている上間陽子さんの『海をあげる』(筑摩書房)と『裸足で逃げる』(太田出版)や、心理学を専門にしている信田さよ子さんが書いた親子関係の心理学の本なども読みます。 

 この前は、上間さんと信田さんが対談している『言葉を失ったあとで』(筑摩書房)という本を読みました。「人の話を聞く」ということを長くしてきたお二人が考えることを対談してまとめている本なのですが、とても考えさせられました。

――特に影響を受けた一冊はありますか? 

 私、雑誌「暮しの手帖」(暮しの手帖社)を定期購読しているんですよ。コロナ禍で家で過ごす時間が増えたので読んでみようと思ったのですが、これも一つひとつの記事に血が通っていて、人の想いみたいなものがすっと入ってくる感じがするんです。

 「丁寧な暮らし」ってちょっとハードルが高いイメージを持たれがちだと思うんですけど、意外と楽に生きられる術が書いてあるんです。料理や掃除、手芸など、日常のことを肩ひじはらずに、自分の心地よい時間を作る方法をこの雑誌から学んでいます。

――今後挑戦してみたいことを教えてください。

 「海辺の金魚」の時は、映画を撮ってから小説を書くということをやったのですが、今は小説の自由度に惹かれているので、今度は逆に小説を書いてそれを映画にしていくということもできたら、もっと自分のできることが広がるのかなって思っています。