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ソウルに暮らして気づいた、日韓のたくさんの「違い」―― カン・バンファ『ことばの波間で 日本語と韓国のあいだ』

記事:平凡社

テーブルマナー、公共空間でのふるまい……日常のふとした場面で日本との「違い」を感じることも Photo by Edanur Ağaç on Unsplash
テーブルマナー、公共空間でのふるまい……日常のふとした場面で日本との「違い」を感じることも Photo by Edanur Ağaç on Unsplash

カン・バンファさん初のエッセイ集『ことばの波間で 日本語と韓国のあいだ』(平凡社)
カン・バンファさん初のエッセイ集『ことばの波間で 日本語と韓国のあいだ』(平凡社)

呑み会の風景にもこんな違いが

 日本の人は韓国の人に、韓国の人は日本の人に多くの点で驚かされる。国同士が近く、見た目も似ているぶん、あらゆる面で似通っているのではないかという先入観が働くらしい。

 韓国の人は、声が大きい。飲食店の一番客になってみるとよくわかる。たとえば夕方5時、オープンと同時に友人と入店するとしよう。初めは穏やかに話しながら食事を楽しんでいるが、二番客、三番客とテーブルが埋まっていくと、さっきまでの声量ではお互いの声が聞き取れず、こちらもだんだん声が大きくなる。客が増えれば増えるほどこの現象は加速し、食事を終えるころには声を張りすぎてお腹が減っていることもしばしばだ(だから二次会に行くのかな?)。

 テーブルマナーもつくづく異なる。

 韓国ではもともと、食器を手に持たないことが美学。歴史ドラマで王族の食事シーンを見ると、左手を一切膳の上に出していないのがわかりやすい例だ。民衆の食事文化はまた違っていたというし、絶対的なマナーではないものの、器を持ち上げる頻度は日本より確実に少ない。

 同じテーブルに座っているなら、ひとつの鍋をみんなでつつき合う光景も、韓国ではお馴染みのもの。日本にも「同じ釜の飯を食う」という表現はあるが、これを聞いて思い浮かべるのは、同じ釜からじかに取って食べるのではなく、同じ釜の飯をめいめいの茶碗によそって食べるという画だ。韓国に暮らして何年経っても、同じ鍋をつつくのには抵抗があるという日本の人も多い。会食の席で言い出せず、メインの料理を食べそこなうケースもままあるようだ。反対に韓国の人は、親しいと思っていた日本の友人が取り皿によそって食べていると、ちょっと寂しそうな顔をする。

 個人的に、食事の席は気兼ねなく、楽しく、だれもがおいしく食べられる場であってほしい。わたしは酒吞みなので、吞み会の幹事をやることも多い。日本の人と韓国の人が交じっているときは、順序が大事。鍋が煮えてきたら、まず日本の人に「よそいましょうか?」と声をかける。必要なぶんをひととおりよそい終わったら、それを見ていた韓国の人に気を遣わせないように「わたし、じかにいっちゃっていいですか?」と先陣を切る。

「じろじろ見るのは失礼」な日本、「相手も気にしてほしいはず」な韓国

 もうひとつ大きく異なると思うのが、視線の向け方だ。

 日本の人は気になることがあっても、相手に失礼になってはいけないからとあえてそちらを向かないという気配りをする。反対に韓国は、相手も気にしてほしいはずだという確信があり、なんの躊躇もなくそちらを向く。

 先日もバスのなかでこんなことがあった。座っていたおばさんのスマホがけたたましい音を立てて鳴りはじめた。うん、トロット(日本の演歌に似た大衆歌謡)か、などと耳だけそちらに向けて窓の外を眺めていると、おばさんの「왜 안돼〜(ウェ アンデ~/なんでダメなん)」という声が響いてくる。振り向くと(このとき同時に、乗客の半分くらいがおばさんのほうを振り向いているのが視界に映る)、画面のスワイプがうまくいかず、指を滑らすたびに「왜 안돼〜」というひとりごとならぬひとりごとをくりかえしていた。みんなでしばらく見守り、おばさんの隣に座っていた乗客(もちろん他人)がおばさんの代わりにスワイプを試そうと手を伸ばしかけたとたん、電話は鳴りやんだ。おばさんは「いっつもこんななんよ〜」とこれまた大きなひとりごとを言ってスマホをかばんに戻し、乗客は「そうなんか〜」という顔で個に戻る。

 わたしは、「みんなで気にする」韓国のこの空気が大好きで、いまではとても居心地よく感じる。一方で日本に帰ると、似たようなシチュエーションで見事にだれも振り向かない、我慢大会でもしているかのような場面に遭遇する。

 知れば知るほど、違いに気づく。違いに気づくと、気遣いの違いに気づく。世界にはさまざまな気遣いのかたちがあって、相手と自分が違うことを意識していなければ、せっかくの好意にも気づけない。韓国を訪れることがあったら、そういった意味で、どうかたくさんの「違い」を知ってほしい。

これまでに訳したキム・チョヨプ作品の一部と。左:『わたしたちが光の速さで進めないなら』(ユン・ジヨンさんとの共訳、早川書房)、中央:エッセイ集『本と偶然』(かんき出版)。『ことばの波間で』(写真右)では、日韓の言語や文化にまつわるエッセイのほか、著者とのやりとりなど文芸翻訳の裏話も収録。
これまでに訳したキム・チョヨプ作品の一部と。左:『わたしたちが光の速さで進めないなら』(ユン・ジヨンさんとの共訳、早川書房)、中央:エッセイ集『本と偶然』(かんき出版)。『ことばの波間で』(写真右)では、日韓の言語や文化にまつわるエッセイのほか、著者とのやりとりなど文芸翻訳の裏話も収録。

『ことばの波間で 日本語と韓国語のあいだ』目次

はじめに
1章 韓国語と出会いなおす
2章 翻訳家への道のり
3章 今日も翻訳します
4章 日本語と韓国語のあいだ
5章 こんな人間です
おわりに 信じれば動く歩道

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