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斎藤真理子「隣の国の人々と出会う」 知るための扉が静かに開く

 日本における韓国文学ブームを牽引(けんいん)してきた斎藤真理子の著書。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』やハン・ガン『別れを告げない』など、話題になった彼女の訳書は枚挙に暇(いとま)がない。そんな著者が、韓国語の特性や、ハングルの成り立ち、朝鮮半島の近現代史と韓国文学の特徴など、「隣の国」韓国の人々の思想を形作る重要なテーマを、わかりやすく解説してくれる。

 K―POPや韓国ドラマなど、わたしたちはすでにさまざまな韓国文化に接してはいるが、日本と朝鮮半島の関係について、きちんと歴史を理解したうえで考える機会はいまだに少ない。歌手や映画スターへの熱狂もヘイトスピーチも、表層的な部分で流されていることが多いのではないだろうか。ここ10年、韓国文学が数多く紹介されたこと、特に現代の作品がたくさん読めるようになったことで、初めて韓国の人々の言葉にしっかりと耳を傾け、彼我の違いや共通点を認識することができるようになった気がしている。

 著者が韓国語と出会った1980年前後、韓国はまだ近くて遠い国だった。著者はふとしたきっかけから韓国語の勉強に熱中し、社会人生活を経て留学もする。著者が記しているエピソードは興味深い。特に留学中、耳にした音が脳内で韓国語のオノマトペに変換される話。頭のなかの言語体系が切り替わっていることに気づく瞬間である。

 翻訳家として二つの言語の間に生きる著者は、リスペクトを込めつつ、韓国語の「ソリ(声)」の重厚さや、人々が抱えてきた歴史の痛みなど、大切な問題をとりあげている。韓国の人々を知るための扉が、静かに開かれていく。あらためて韓国文学と向き合いたい気持ちにさせてくれる。コンパクトな本だけれど、ぎっしりと中身が詰まっている。

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 創元社・1540円。24年8月刊。5刷1万1千部。担当者は「韓国文化を日本で見知る機会が多くなった。一方、私たちの日常生活では答えを出しにくい問題が増えている。この本が読まれる一つの背景では」と考える。=朝日新聞2025年3月29日掲載