鬼才の広報コンサルタント・バーネイズは、精神分析をどう使ったのか?――亀田真澄『闇の広告史 プロパガンダからターゲティング広告まで』
記事:平凡社
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バーネイズは伯父であるフロイトからの依頼で、国際精神分析学会やアメリカ精神分析学会といった組織との仲介役を十年以上にわたって引き受けていたほか、アメリカで精神分析を広めるための基金設立をフロイトとともに計画しています。しかも精神分析というジャンルの広報をするなかで、精神分析の理論に詳しくなっていったバーネイズは、精神分析が広告において「使える」ものだと気づきます。
バーネイズはフロイトの理論から、ある商品と無意識的な欲求を結びつければ、その商品は無意識的な欲求の「翻訳」になりうるので、人々は欲求を充足させるために商品を購入するのではないかと考えました。バーネイズは自身の宣伝手法について「多くの人の考えや行動は、抑圧することを余儀なくされている欲求の補完的な代替物であるというのが、フロイト派の心理学の発見だ」とした上で、次のように説明しています。
人が何かの商品を欲しいと思うのは、その商品自体が持つ価値や用途のためではなく、無意識的に、その商品を何か別のもの、自分でも認めたくないような欲望のシンボルとして見ているからだ。車を買う男性は、移動の手段が必要だから欲しいんだと、自分では思っているかもしれない。ところが実際には、彼は健康のために歩くほうが好きで、車なんていらないのかもしれない。「自分は車が欲しいんだ」と彼が思い込んでいるのは、本当は車が社会的地位のシンボルだから、ビジネスでの成功者としての証拠だから、そしてそれによって妻を喜ばせられるから、かもしれない。
ここからバーネイズは、普段は抑圧された欲望を実現したり、普段は抑圧された不安を解決したりするものとして商品を印象づければ、人は必要ないものを必要だと感じるはずであり、そうすれば市場が飽和状態になろうとも、購買行動へと人々を駆り立てることができるのではないか、と考えました。
さらにバーネイズは、業界内のシェアを競うのではなく、「世論」を変えることで、ある商品の購買者層の母数を増やすことの重要性を説きました。ここでいう「世論」とは、日常生活、習慣、価値観、ステレオタイプの全体を指します。ある商品を売るために社会のほうを操作するという、画期的なアプローチです。
そのために利用したのが、集団心理でした。
バーネイズは「人は孤独を恐れるので、周囲の人々と同じ意見を持ちたいという欲望を持つものだ」と述べ、雑誌や新聞で新しい習慣や考えについてさかんに報道すれば、「古い信念に対抗するような、あるいは新しい信念に都合のいいような世論を生み出す」ことができ、それによってこれまでにはなかったニーズを生み出すことができると考えました。
無意識に働きかけ、集団心理をあおることによって世論を操作し、人々の日常生活を変えるというのは、あるひとつの商品を売り込むだけのためには壮大すぎるものです。
しかしそれこそが、バーネイズの考える、広告の理想形でした。バーネイズは、「パブリック・リレーションズ・カウンセルは、全人口の日常生活に影響を与える」と宣言しています。そしてバーネイズはこの宣言を実現させたと言っても過言ではありません。
『VOGUE』のモデルを起用した女性の喫煙率を高めるキャンペーン、朝食にベーコンをひろめるための広告、グアテマラ・クーデターを引き起こしたユナイテッド・フルーツ社の広報活動、フェミニズム運動を使った広告など、彼は個人の欲望のみならず、世論や慣習、社会をも、大きく変えていきました。
はじめに
第一章 現代広告の誕生
第二章 広告とプロパガンダ
第三章 「あなたらしさ」はつくられる
第四章 最適化される日常
結び
注