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「サスティナブル」から「リジェネラティブ」な観光・地域再生へ――伊藤将人さん・評『リジェネラティブ・ツーリズム』

記事:明石書店

江戸時代の石造りの灯台「常夜灯」など歴史的な景観が残る鞆の浦(広島県福山市)
江戸時代の石造りの灯台「常夜灯」など歴史的な景観が残る鞆の浦(広島県福山市)

「サスティナブル」から「リジェネラティブ」へ

 「自然」と「人間」を切り離して考えるデカルト的な二元論を乗り越えようとする試みが、いま、人文社会諸学に大きなうねりを生み出している。人間を世界の中心に据える考え方から、人間もまた自然の一部であるという考え方へ。こうした思想的な転換と深く関わる言葉の1つが、「サスティナブル(持続可能)」である。

 国際社会がSDGsを掲げてから、すでに10年余り。目標年次の2030年が迫るなか、私たちは本当の意味でのサスティナブルを実現できているだろうか。持続可能性をうたいながら、自社の商品やサービスの消費を促す。そんな矛盾した光景を、ブランディングとマーケティングに溢れた世界で日々目にするのは気のせいではないだろう。

 観光も例外ではない。2010年代後半から、日本でも「サスティナブル・ツーリズム」が盛んに唱えられてきた。しかし、実情はどうか。強調されるのは、相変わらず経済的・消費的、KPI至上主義的な成果ばかりである。

 インバウンド観光客が過去最多を更新したというニュースが流れても、彼・彼女らが飛行機で移動する際に排出したCO₂が話題になることはほとんどない。観光振興による地域経済の活性化が叫ばれる一方で、その地で暮らす人びとの幸福やウェルビーイング、自然との共生は経済の二の次にされがちだ。観光は依然として産業的・経済的な世界観のなかで理解され、実践され続けている。しかも、観光そのものが環境や地域社会の危機を生み出す一因となっているにもかかわらず、そのことは十分に問われてこなかった。

 だからこそいま、より包摂的で公正な観光への抜本的な転換が必要なのだと、著者は訴える。

藤本直樹『リジェネラティブ・ツーリズム:場所に根ざした関係性の再生をめぐる理論・政策・地域事例』(明石書店)
藤本直樹『リジェネラティブ・ツーリズム:場所に根ざした関係性の再生をめぐる理論・政策・地域事例』(明石書店)

日本で観光の倫理的基盤を整えるために

 本書が提案するのは、「リジェネラティブ・ツーリズム」という新たな観光のあり方である。観光地を、人間社会と自然・生態系が相互に関わり合う1つのシステムとして考え、その自己再生能力を高めていく。地域固有の知や文化、価値観を尊重しながら、観光そのものをより良いものへとつくり直そうとする思想であり、実践。現状を維持するだけでなく、観光によって地域の自然や社会を、より豊かな状態へと再生させようとする点に特徴がある。

 リジェネラティブ・ツーリズムの源泉の1つに、ニュージーランドのマオリに代表される先住民族の価値観や文化、知の蓄積がある。土地や自然との関わりを重視し、それらを尊重することを観光の倫理的な基盤に据えようという考え方だ。

 ところが、日本では事情が少し異なる。北海道のアイヌ民族などを除けば、先住民族の知や価値観を制度的な基盤として、観光の倫理を共有していくことはなかなか難しい国である。一見すると、日本はリジェネラティブ・ツーリズムが成立しにくい歴史的・文化的な環境にあるのだ。

 そこで著者は、挑戦する。先住民族に由来する共有された言葉や概念がなくとも、観光によって地域が消費されるばかりではなく、地域そのものが豊かになり、再生していくような観光が実現できるのではないか。どうすれば日本で、リジェネラティブ・ツーリズムが成立しうるのか。この問いに、理論、政策、事例の検討を通じて迫っていく。

 本書の多彩な議論の中でとりわけ印象的だったのは、著者がリジェネラティブ・ツーリズムという思想とアプローチそのものを、私たちが共有できる言葉にすることに力を注いでいる点である。

 これは決して、理論先行の頭でっかちな議論という意味ではない。私たちは観光でも地域振興でも、そして一人ひとりの人生においても、「どのように実施するか(How to)」ばかりが過剰に重視される世界を生きている。しかし、より良いHow toは、「なぜ(Why)」「何を(What)」という問いを抜きにしては生まれ得ない。なぜ、観光は倫理的に正しくなければならないのか。なぜ、人間にとっても自然にとっても、観光は良いものでなければならないのか。そもそも、なぜいま、観光をつくり直す必要があるのか。こうした根源的な問いに丁寧に向き合う本書の議論は、観光以外の領域にも通じる射程の広さを持っていると感じた。

「場所とともに生きる倫理」という核心

 本書に登場する、富山県西部地域と広島県福山市の鞆の浦。2つの地域における観光と地域の再生をめぐる模索から浮かび上がってきたのは、「場所とともに生きる倫理」であった。

 それは、地域が土地や自然、他者との関係を結び直し、その健全性を高めようとする実践を意味する。人間は、自然や素材、記憶といった人間以外の存在と、逃れようのない相互依存のなかで生きている。しかし、ともすれば私たちは、そのことを忘れてしまう。人間同士の利害調整に終始するのではなく、その土地固有の歴史や自然、暮らしに即した、より良い関わり方を模索し続ける。そうした営みこそが、日本にリジェネラティブという思想と実践を根づかせる鍵となるのだろう。

 日本には、先住民族の知を社会全体の制度的基盤とする仕組みは乏しい。しかし、八百万(やおよろず)の神に象徴されるように、さまざまな非人間的存在に意味を見いだし、畏敬の念を抱いてきた歴史と文化がある。そうした場所ごとの信仰や価値観にも、リジェネラティブの思想と響き合うものがあるのではないだろうか。

 「サスティナブル」から「リジェネラティブ」へ。観光とは、地域を訪れ、消費することだけなのか。それとも、その場所とともに生きることにもなり得るのか。本書は、観光の未来だけでなく、これからの日本の地域のあり方を考えるための、重要な道標となる。

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