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「民主主義のあとに生き残るものは」書評 インドにおける恐るべき抑圧

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2012年10月28日
民主主義のあとに生き残るものは 著者:アルンダティ・ロイ 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784000248655
発売⽇:
サイズ: 19cm/156p

民主主義のあとに生き残るものは [著]アルンダティ・ロイ

 本書は、インドにおける政府、大企業、財団、ヒンドゥー原理主義者による恐るべき抑圧を伝えるものである。たとえば、カシミール地方では大量のイスラム教徒が、また、中部山地では、強制的な開発に抵抗する貧農や被差別民が虐殺されている。インドは警察国家になった、と著者はいう。外国人には、こんなことは初耳であろう。なぜなら、いつもインドは、「世界最大の民主主義国家」として広く称賛されているからだ。
 中国のことなら何でも大げさに取り上げるマスメディアが、インドに関して沈黙するのはなぜか。米国にそういう報道規制がある、と著者は語っている。日本の企業は、インドに今後の望みを託しているようだが、その経済発展がいかにしてなされているのかを承知しておくべきである。
 著者は1997年に詩情あふれる処女長編小説によりブッカー賞を受賞し、同作が世界中でベストセラーとなると共に、インド国内でもアイドルのような人気者になった。ところが、第二作目を嘱望される中、インドがおこなった核実験に抗議するエッセーを発表したことによって、彼女の進路は大きく変わった。以来、小説を放棄し、ダム建設反対、カシミール問題ほか、社会運動に奔走しつつ、政治的エッセーを発表してきた。その間には、法廷侮辱罪、扇動罪などで投獄されたり、終身刑の危機に直面したりした。にもかかわらず、彼女は本性的に作家だ、といってよい。
 彼女の行動や著述は、世界が置かれている状況に対する鋭い洞察にもとづいている。それは、現在の世界は新自由主義ではなく、「新帝国主義」だという認識に集約される。インドは世界の縮図だ、と彼女はいう。2011年に彼女は来日したが、その日は3月10日であった。直後の講演が中止になったかわりに、本書が生まれた。フクシマを経験した日本人にとって、本書は身近にある。
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 本橋哲也訳、岩波書店・1680円/Arundhati Roy 61年インド生まれ。『小さきものたちの神』でブッカー賞。