いつ行っても店員がいない変わった本屋が8月、奈良に生まれました。場所は奈良市の中心部、古い町家も多い「ならまち」と呼ばれる静かなエリアです。駅からは少し離れ、知らなければ通り過ぎてしまう、隠れ家のような本屋です。お店なのに店員がいなくて大丈夫?どうやって買うの?実際に訪ねてみました。
近鉄奈良駅から南へ歩いて10分少し。家が立ち並ぶ路地の奥、古い長屋の一軒にお店はありました。名前は「Naramachi BookSpace ふうせんかずら」。ガラスのドアから見える店内は、天井近くまでずらりと本棚が並び、「本屋」ですが、やはり店員はいません。
入ろうとドアに手をかけると、鍵がかかっていますが、ご安心を。ホームページから会員登録を事前に済ませておくと、メールでIDナンバーが届きます。このIDナンバーを、ドアに設置されたテンキーに入力すると解錠され、入れる仕組みです。
この店のオーナーは、人材教育コンサルタントの平田幸一さん(57)。「奈良は本屋が少ないですが、本のイベントには人が集まります。会員登録してもらうことで、本が好きな人だけ集まる場にしたいと思いました」と話します。
しかし、完全な無人にしてしまうことに不安はなかったのでしょうか。
実は平田さんは、同じならまちに、「青丹座(あをにざ)」という小さな映画館を運営しています。登録した会員が希望の時間に、自分で鍵を開けて入り、120インチのスクリーンを借りて自由に使い、後片付けまでします。この仕組みを採用したそうです。
「備品が盗まれるようなことはありません。誰でも入れる店舗と違って、みなさんは自分のモノと思い、きれいに使ってくれますから、本屋も大丈夫と思いました」と話します。
店員がいなかったら、本はどう買うのでしょうか。お金の管理も心配になります。「ふうせんかずら」では、現金で購入はできず、交通系ICカードやクレジットカードなどで決済します。
東京ではあまり見かけない奈良の地域情報誌「さとびごころ」をみつけたので、実際に買ってみました。決済はすべて店内に置かれたタブレットです。値札をチェックし、「さとびごころ」の値段500円を入力します。
クレジットカードを挿入し精算。値札をカードボックスに入れて、取引は完了しました。端末で読み取る時間も含めて、5分ほどでしょうか。店内には防犯カメラもあり、いつ誰が入店したか記録されます。さらに現金も置いていないので、盗難の心配はないと平田さんは話します。「現金がないので泥棒は来にくいでしょうね」
そして本棚も特徴的です。公募で選ばれた「ブックオーナー」8人が、それぞれのテーマで選書。古本を中心に、様々な本が並びます。1500冊のビジネス書を読んだというブックオーナーが選んだ本棚や、旅と猫をテーマにした本棚。飾って美しい本を集めた本棚や、怪獣や妖怪などをテーマにした本棚、個人が編集した冊子ZINE(ジン)もそろいます。
オーナーには、奈良はもちろん、大阪や東京の人もいるそうです。「店員がいないので、イベントなど何かやりたいアイデアがある人を選びました」。すでに、おすすめの本の書評を競う「ビブリオバトル」や、本を実際に作ってみるイベントなどが開催されています。平田さんは「本を並べて売るだけではなく、本に囲まれた場所に人を集めていきたいです」と話します。
本棚に並ぶ本は、ブックオーナーが実際に来たり、運営スタッフを通じて納品したりして、日々変わります。「ブックオーナーには、棚を常に変えて欲しいとお願いしています。本だけではなく、置き場所を変えるだけでも、本の見え方は変わります」
ネットで簡単に本が買える時代。「毎日本屋に行く」という平田さんは、実際に本屋まで行き、本の質感を感じて買うプロセスを体験して欲しいといいます。「映画館で見れば、誰と見たか覚えているように、わざわざ奈良まで来て、本を買ったほうが記憶に残ります」。
奈良を旅する理由に、「本屋さん」があってもいいですね。