こんなに赤裸々なことを新聞で書くんだ!
――酒井さんって意外とエロいことを書いてますよね。『ほのエロ記』(角川文庫)など、エロをテーマにした著作もありますし。
自分の基本的な〝芸風〟は、読んだ人に笑っていただきたい、というもの。編集者さんからも「下ネタを書く時は筆が走りますね」と言われるくらいで、楽しんで書いています(笑)。思い返せば学生時代からシモがかった話で笑いを取るのが好きで、春画を描いてクラスメートに見せたりしていました。
――髪の毛1本乱さないような端正な語り口で、性の深淵に斬り込んでいます。
村山由佳さんのような、押せばジュッと何かがしたたるような文章にも憧れるのですが、どうも私の文体にはドライ機能が搭載されているようで、勝手に除湿してしまうのです。その分、性の話題が苦手という人にも楽しんでもらえればとの思いで書いています。
――新聞掲載時から「オトナの保健室」に注目されていたとのことですが。
セックスレスの特集をしていた、かなり初期の頃から目に留めていました。こんなに赤裸々なことを新聞で書くんだ!と驚いたのがきっかけです。お堅くて、ニュースが中心という新聞のイメージとかけ離れた生々しい言葉が並んでいて、これはかなり思い切った試みなのではないか、と。
女性が性に関する悩みを吐露できる活字メディアといえば、『婦人公論』等の女性誌しかなかった。それを新聞に載せ、男たちの前に女の悩みを可視化したことに意義があると思います。朝日新聞は1951年に女性向け投書欄「ひととき」を創設し、「投書婦人」という言葉が流行語にもなりました。当時は一般女性が自分の言葉で自分のことを語ることがまだ珍しかったわけですが、オトナの保健室はいわば「現代のひととき」とも言えるかと。
――3年半の連載がこのほど1冊の本にまとまりました。どうお読みになりましたか。
新聞を読んだ当時はインパクトがあっても、次のページをめくると終わり。それが本になると……重みがありますね。悩みも色々、年代も色々。帯のコピー「みんな〝エロ〟に悩んでる!」が表す通り、「それぞれが悩んでるんだな」と。
セックスが苦痛な人、セックスレスに悩む人、過去の性被害がトラウマになっている人。女性はそうした悩みをパートナーにはもちろん、友人にも言えずに、悶々として本音を押し殺してきたことがわかります。
――なぜ本音を出せないのでしょうか。
儒教的な価値観もあるのでしょうが、セックスは男の人が主導するもので女性には性欲なんてないという強固な建前の前に沈黙する人が多いのでしょう。そうではない女性は、今も「はしたない」とか「ヤリマン」と言われたり、異端扱いされたり。
性に限らずあらゆる場面において、日本人は波風を立てたくない、ケンカをするのはめんどくさい、と思いがちです。支配する・されるという固定的な関係に身を置くのは、ある意味において安定していて、楽な面もあります。日本女性の多くは「それでいいや」と、男を立てて(あるいは勃てて)きたのでしょう。
女だって不満を言ってもいいんだ
――昨年出版された『男尊女子』(集英社)でも、まさにそんな女性たちの心情を解説していますね。
ただ、そうやってあきらめてしまうことが、実はその人だけの問題にとどまらないことが問題なのです。波風を立てずに男性を立てることが、結果的に「女はそう振る舞うもの」との思考や行動を固定化させ、負の遺産を下の世代に引き継がせてきました。
オトナの保健室でも一つの章を割いている「#MeToo」は、「女だって不満を言ってもいいんだ」ということを遅まきながら明らかにしました。自分の欲望なり要望なりを、相手に伝える努力を、我々はもっとした方がいい。それを聞いてドン引きするような相手なら、一度とことん話し合うか、いっそ次の男に行くか、という「面倒」を引き受けなくてはならないのでしょう。100年前と違って、パートナーと別れた女性が食べていけない時代ではないのだから。
――セックスやエロスに何を求めるかは個々人によって違うと思うのです。愛情の確認という人もあれば、性欲を満たしたい人、安らぎやぬくもりを求める人もいる。答えはおのおのの内側にあるのに、パートナーとすりあわせをしないまま勝手に幻滅している、そんな女性の姿も本からは垣間見えます。
セックスによって得られるめくるめく快楽を得なくてはならない、と強迫観念を持っている人も多いのではないでしょうか。二次元やBL(ボーイズラブ)で満たせるならそれでもいいし、ぬくもりがほしいなら究極的には犬や猫でもいいわけです。必ずしもゴールは一つではないのに、男性誌は「死ぬまでセックス」といい、ananは「セックスできれいになる」とあおってきた。情報過多な中で、メディアが夢も焦燥感も与えている。「メディアを信じるな」と言いたいです。
既に現実のセックスは多様性の時代を迎えています。『夫のちんぽが入らない』(扶桑社・講談社文庫)を著したこだまさんのように、セックスがなくても寄り添って生きて行ける。それぞれいろんな形がある。かつては経験が豊富なほどいいんだというイケイケな時代がありましたが、それも行き着いて、いまは自分なりで良いと開き直れる人が増えている印象です。
平均寿命がのびて、閉経した後で30年も40年も人生が続くからこそ、女性の悩みが深まっている面もあるのでしょうね。私自身はいま、トランポリンのエクササイズにはまっています。真っ暗闇でハアハアと上下運動‥‥というのは、ほぼセックスみたいなもの(笑)。モヤモヤした気持ちを昇華できます。
男性はまず話を聞こう
――『オトナの保健室』の巻末には酒井さんと村山由佳さんの対談も収録されています。これがまた生々しくて、面白い。どんな人に手にとってほしいですか。
女性は「悩んでいるのは自分だけではない」と勇気づけられると思いますし、私はぜひ男性に読んでほしい。女性がこんなに悩んでいることをそもそも知らないと思うんです。実は妻もすごく悩んでいるかもしれない。悩みを言語化するには女性の努力が不可欠ですが、まずは話を聞こうという男性の姿勢がその背中を押すのではないでしょうか。
(聞き手 朝日新聞記者・机美鈴)