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南紀白浜「三段壁」で900人超す自殺志願者を救った牧師が伝えたいこと 藤藪庸一さん「あなたを諦めない」

文:志賀佳織 写真:タナカヨシトモ

牧師とともに「いのちの電話」も引き継ぐ

――藤藪さんは、20年前の1999年、白浜バプテスト基督教会の牧師の職を前任の江見太郎牧師から引き継がれたときに、「いのちの電話」の活動も引き継がれました。これまでに900人以上の自殺志願者を救ってこられたそうですが、最初に後任に、というお話があったときはどんな気持ちでいらっしゃいましたか。

 僕は小学校1年生の後半ぐらいから、この教会に通ってきたので、江見先生が牧師とともに「いのちの電話」の活動をされているのも、成長するにつれてわかってきました。小学生の頃に、江見先生に突然息子さんと娘さんができて、その後、突然またいなくなるということがありました。それは、つまり家族で先生を頼ってこられた方々のお子さんたちだったんですね。先生がお子さんたちを預かるから、まずご両親は生活を立て直してきなさいと。やがて、生活の目処が立ったときにお子さんたちを引き取りにこられたから、その子たちも見かけなくなった。
 はじめはなんのことかさっぱりわかりませんでしたが、中学生になる頃には、江見先生が「三段壁」で自ら命を絶とうとする人たちを救う活動をしていることも理解できるようになったので、ああそうかと。泣いているおばちゃんやおっちゃんがいたりということも、身近に見てきました。だからもし、白浜の教会を自分が継ぐことになったら、確実にこの活動も継がなければいけないと思っていて、僕の中ではどうしても分離できるものではなかったんです。まだ若かったので、江見先生も教会員の方たちも、無理して二足のわらじを履くことはないというお考えだったと思います。事実周りからそういう意見も出ました。ただ僕としては、牧師イコール「いのちの電話」の活動をしている人、でした。

――今回、著書の刊行と時を同じくして、藤藪さんの活動を追ったドキュメンタリー映画『牧師といのちの崖』(加瀬澤充監督)が公開されました。それを拝見するとより具体的にわかるのですが、三段壁にある「いのちの電話」の看板を見た人から救いを求める電話があれば、24時間365日、いつでも駆けつける。そこから、どうやって説得されるのでしょう。

 たとえば、昨日も僕はひとり保護したんです。朝6時半くらいに電話があって、「これは危険だぞ」と三段壁に向かいました。とりあえずうちに来てもらって、昨日は日曜日だったので、礼拝にそのまま出てもらい、その後少しお話をして「よかったらうちでやり直そうよ」と言ったんです。なぜなら帰る場所がないというのがわかりましたし、経済的にも行き詰まっている。もうご両親もいない方で、家族の支援というのも得られないことがはっきりしていたからです。しかし「一度帰らせていただきます」と言う。いや、帰るって言ったって、帰る場所がないのをわかっていますからね、「どこに帰るの」と聞くと、「もうけっこうスッキリしたんです」と言う。「いや、まあ、スッキリしたのはいいことなのかもしれないけど、行くところがないんだから、うちでやり直せばいいじゃないか」と僕もくらいつく。それでも「とりあえず一度帰らせていただきます」と言うので、「じゃあ、まだ少しはお金もあるだろうから、本当に行き詰まったらうちにおいで。うちはいつでも受け入れるし、うちでやり直すことは可能やで」と言って、別れたんです。59歳の男性でした。
 こういう場合、そのまま三段壁に行ったり、亡くなったりするという可能性は否めないのですが、その人の気持ちがどうしても固かったので、それも無視するわけにはいかない。そうなると、あとは神様に委ねるしかなくなります。ただ心の中では「さあ、電話かけてこい、かけてこい」と思っているんです。昨日僕は、そのまま上京しなければならない用があったので、後ろ髪を引かれながら白浜を離れたのですが、今朝、スタッフから「帰ってきました」と連絡があった。だから今、むっちゃ嬉しいんです。
 僕は、無理やりうちに閉じ込める感じで関係を作っていくのではなくて、理想論ではあるんですけど、本当にその人がここに居たいとか、ここでやり直したいと言ってくれて初めていい関係ができていくのだと思っています。ですから、それを待っていることが多い。対峙している間に関係をできるだけ作って、なんとか本人のほうから「ここでやり直したい」と思ってもらえるように最善を尽くしたいと思っているんです。

和歌山・白浜の三段壁

――三段壁にかけつけて相手が説得に応じるまで、藤藪さんは、ずっとそばについていらっしゃるんですか。

 そうですね。ただ、本当は朝までつきあってあげたい日もあるのですが、それができない日というのもあります。そういうどうしようもないときは、警察の手を借りています。本当は自分の時間が許す限りは呼びたくないんです。それは、警察沙汰になってしまうと本人が一番つらいだろうと思うからです。もちろん最終的にうまくいくこともありますが、ことが大きくなることで傷つく場合もある。警察もかなり気を遣ってくださってはいるんですが、法律で決められたことはやらなければいけません。すると、なかなかうまくいかないこともあるんです。

――そばについていらっしゃるとき、どんなことを話しかけられるんですか。

 夜だったら一緒に星を見て、最初は説得などまったく聞いてもらえないので、自分のことをしゃべっていますね。「うちには息子と娘がいて」とか「星は好きですか」とか、そこから星座の話になったりとか。そんな感じで話をつないでいることが多いです。その中で、たまに「うちに来ませんか」とお願いしているんですけれども、なかなか難しいです。

ひとりぼっちが一番つらい

――映画の中で、「どうして死にたいと思ったのか」という監督の問に、何人かの方が理由を答えていらっしゃいます。どれも私達が日頃悩んでいるのと同じようなことです。それが、壁を越えて実際に死のうという行動に至るとき、何がそうさせるのでしょうか。

 今の苦しい状況からとにかく逃れたいという思いなんじゃないでしょうか。彼らは誰も進んで死にたいと思っているわけではありません。ただ、今の苦しい状況に耐えられなくて、死しか見えなくなっているんです。今の状況が苦しくてたまらないから、状況を変えたいだけ。ただ変える方法がほかにもうないから、死んだら楽になるのじゃないかと思っている。でも、一番つらいのは、孤独感です。一般的に言われていることですが、そういう状況に陥ったときに、帰る場所がない、周りに人がいないと感じられる。ひとりぼっちで、誰にも助けを求められない状態が一番つらいのだと思います。

――最近は、天涯孤独というよりは、どこかに家族はいるのだけれども、事情があって連絡が取れないとか、疎遠になってしまっている方が多いそうですね。

 はい。今、僕が保護している人たちの中にも、そういう人たちが多いですね。去年の3月に保護した男性は、今はもう就職してバリバリ頑張っています。ケーキを作る仕事をしているので、夏にお中元として家にケーキを送ろうよと話して、送ったんです。でも、まったく家から返事がない。家の人には彼がうちにいることもわかったし、うちの住所もわかっている。大体、彼は家を飛び出してきているというのに、向こうから連絡が来ないんです。僕などは正直、「そういうことがあるのか」と考えてしまうのですが、本人に言わせると「自分も大概、迷惑をかけてきたからだ」と言うんですね。
 本人は今年、どこかで一回顔を出してこようと計画しているようなのですが、一方では、自分がちゃんと稼げるようになったから、訪ねていったら「迷惑をかけた分のお金を返せ」と言われるのではないだろうかと心配している。そう聞くと、「家族」といっても、僕の持っている家族の概念とはまったく違う人間関係がそこにあるんだなと思ってしまうんですね。頼れない家族というのは、すごく寂しいだろうなと。

「白浜レスキューネットワーク」で自立うながす

――NPO法人「白浜レスキューネットワーク」を設立して彼らと共同生活を送ったり、「まちなかキッチン」というお弁当屋さんを運営したりと、生活自立支援の活動もしていらっしゃいます。でも、いきなりこういう環境に入って、とまどう人はいませんか。

 ひとりの人が本当に変化してくるのには、最低1年はかかります。もちろん、1年かかっても、まったく変わらないという人もいる。僕らがすることは、その人たちを「諦めない」、それだけなんです。
「まちなかキッチン」にひとり男性がいるんですが、この人は言葉が原因でどこへ行ってもうまくいかないんです。周りとコミュニケーションをとるときに、人の意見を聞くインプットよりも、自分のことを話すアウトプットばかりが目立って、しかも嫌味やひとりよがりな偏った言い分が前面に出てしまう。何か問題が起こっても、素直に「自分にも責任があるかもなぁ」と言うことができないんですね。根本的な解決を考えているのに、相手の言葉尻を捕まえては問題の核心から枝葉のことへと話をずらしていって、自分の正当性を語るんです。でも、「まちなかキッチン」では、彼は、まず「お前はしゃべるな」としゃべることを禁止され、黙って働くことを求められました。今で言うひどい人権侵害ですよね(笑)。でも、黙って、初めて、彼は、聞くことができるようになり、周りが見えるようになったんです。正直にぶつかり合う関わりの中で、彼は、自分は言葉で失敗するんだなとわかってきました。そこに行くまでに3年かかった。こちらも「もう投げ出したい」と思うこともあったのですが、そこを何回か乗り越えて、ようやく本人も変わってきたんですね。

――ひとりひとりとじっくり膝を突き合わせてお話をなさる。優しく保護するように……かと思いきや、意外に厳しいこともおっしゃいますね。

 言いますね(笑)。真剣に向き合っていれば、どうしたって「その生き方が、君のすべてにつながっているんじゃないか。だから死にたくなるほど行き詰まったんじゃないか 」というような話になります。でも、それはその人との関係がそこまで出来上がってきてからのことです。保護した次の日にそんなことはもちろん言えません。
 だけど、うちには「共同生活の心得」というものがあって、うちで共同生活をするとなったときにはそれを読んで全員に誓約書に署名してもらうんです。その中に、「今までの自分の生き方や価値観を否定されることを覚悟してください」という文言もある。厳しいようですが、そこが変わらなければ、また同じように行き詰まるからです。そして、同じ状況になったときに一番ショックなのが本人で、「やっぱり、俺生きていけない」となるのがわかっている。 
 だったらオブラートに包んで、とりあえず周りとうまくやっていってもらうようなことをするのではなく、心を鬼にしてでも「ここが駄目だ」とはっきり言って、どこに出てもやっていけるようにさせないと。そうでないと、結局、立ち直ったように見えても僕らがいるからできているだけで終わってしまうんです。でも、彼らはいつかうちから自立していかないといけない。そこらへんが、今僕らが頑張ろうとしているところですね。

――お給料も預かって貯金をなさっているそうですが。

 そうですね。いずれ彼らが自立するときのために積み立てています。最低でもひとり80万は貯めたいと思っているんです。月に1万円だけ「小遣い」として本人がとって、あとは僕のほうで預かって貯める。そりゃあ不満のある人もいるとは思いますが、「そのお金はなんのために貯めているかって、最後、自分のやりたいことに向かっていくためやで」と言っています。大体、月1万円の小遣いは僕より多い。「みんな僕より金持ちやで」と言っているんです(笑)。

まちなかキッチンでお弁当を作る ©ドキュメンタリージャパン/加瀬澤充

子ども時代をどう過ごすかが自殺防止につながる

――「幼少期から義務教育期間までの子どもをどう育てるかが、自殺予防の根本的な解決につながると考えるようになった」ともおっしゃっています。子どもたちの自然体験教室や学習支援活動も行っておられますが、これらは長い目で見て自殺予防活動の一環なんですね。

 今、子どもが抱えている問題の多くは、家庭の中にあります。親が親の役割を果たせていない家庭が多くなっています。子どもに対して過干渉か無関心。極端なんです。無関心な親は「あの子のことは、あの子の責任だ」と言ってはばからない。だから、子どもが昼夜逆転でゲーム中毒になっていても、その子どもの自己責任なんです。そういう親の下で育つ子どもは、親から受け継ぐべき基準も支援も得られない。それが怖いんです。ゲームがやめられないなら、無理やりにでもゲームを取り上げて、早く寝かせて、学校に行ける時間帯に早く起こす援助が必要です。親ができないのなら、それを僕ら周りの者が手伝ってもいいんじゃないかと思うから、そうしようとすると、「親の人権はどうなんだ。子どもの人権はどうなんだ」と、やたらに「人権」を主張してくる。「子どもの個性を尊重する」ということも言いますが、それ以前に、やらなければならないことが身についていない。

――まず決められたことをやれるようにすべきだと。

 うちは「はじめ人間自然塾」とか「放課後クラブ・コペルくん」という学習指導活動でも、完全に子どもをうちの型にはめてその中で生活させています。そのほうが、礼儀や大事なことは身についた上で、絶対に個性が輝くからです。その子らしさや個性というものは、どんなに四角く囲っても絶対に消えません。そして、そういう中でこそ協調性や社会性も培われる。今の若者には、「俺はそうは思わない」と言ったら、人の意見をシャットアウトできると感じている人たちが少なくない。でも、意見の違いを乗り越えて、面倒でも人間関係を続けていく力を育てなければ、やがては周りに誰もいなくなってしまいます。お金のあるうちは不自由しないし、助けも求めずに済む。だけど一旦お金がなくなったときに、周りに誰もいないということに気づいて、生きづらさを感じてしまうんです。
 僕の今の夢は、子どもが親を離れて、ひとつの価値観をしっかり学ぶことができる全寮制の学校を作りたいということなんです。親や親の属する社会層から離れて、年齢に見合った適切な養育を受けることで可能性が広がる子どもはいっぱいいると思うんですね。ですから、子どもたちが、希望を持って可能性を広げた上で、親との関係を築いていけるようになってくれたらと。
 これが結局、自殺志願者を減らしていくことになるのではないかと考えているんです。

覚悟を決めたら、最後は神様に委ねるしかない

――周りの人を自殺から救うために、私たちにもできることとして、そばにいること、信じて話を最後まで聞くことなどが挙げられています。でも、そうしてきたつもりでも、身近な人が自殺をしてしまうということもある。そうすると、自分を責めてしまいますね。

 僕もこういう活動をしていても、これまでに何人か助けられずにつらい別れ方をした人たちがいます。初めて関わった人が亡くなったときは、もうどうしていいかわからなくて、自分のせいだとはっきり自覚できて自らを責めました。そうすると、どの人にも合わせる顔がなくて、もうこの活動も辞めるしかないかなと考えるまでになりました。でも、そのときに、妻に「自分は覚悟が決まったよ」と言われました。「この活動をする限り死なれることもあると覚悟しよう」と言われたんですね。 僕はその言葉で恥ずかしくなったというか、自分も覚悟を決めなければいけないんだと改めて思ったんです。
 キリスト教の教理としては、自殺は間違っていると教えるし、僕もそう教えます。でも、いくら死にたいと思っても、いくら三段壁から飛び込んでも、助かっている人もいるんです。あと数分見つかるのが遅かったら死んでいたのに、見つかったから命をとりとめたとか、そういうこともある。それは僕はもう神様の領域だなと思うんです。もちろん、反省や後悔、痛みとして僕の中に残っていることはいっぱいあるんですけれども、それがしんどくなると、祈りの中に小出しにしては「神様が最後は責任を持ってくださっていますよね」と問いかけています。
 たぶん、自分が人生を終えて神様の前に立ったときに、きっと真実を教えてもらえるんだなと思っています。自分の失敗や反省もひとりよがりかもしれないし、勘違いもあるかもしれない。神様に厳しく叱られることもあるかもしれない。だけど、いずれにしても最後は神様が全部教えてくださるだろうと。そこまでは持っていくしかないなと考えているんです。これからも自分にできることは、孤独の中にいる人のそばにいて、話に耳を傾けること。その人を諦めないこと。それに尽きる気がします。

©ドキュメンタリージャパン/加瀬澤充