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映画「酔うと化け物になる父がつらい」に主演の松本穂香さん 「親子って、厄介な存在だなと思います」

文:根津香菜子、写真:篠塚ようこ

血がつながっているからこそ、父親を諦めきれない

――まずは原作を読んだ感想と、演じられたサキについての印象を教えてください。

 酔っぱらうと「化け物化」するお父さんをはじめ、お母さんの自殺や暴力をふるう彼氏など、起こっている内容だけなぞっていくと辛くて重い話なんですが、原作ではそれらの出来事がかわいらしい絵でやわらかく描かれているのが面白いなと思いました。

 最初の頃は、サキもお父さんに「なんでお酒を飲むの?」と一生懸命伝えようとするんですが、お父さんから何も返ってこないんです。酔っぱらった父親に首を絞められた翌朝も、何も言わずに出勤してしまう。そういう事の繰り返しの中で、サキは自分の気持ちに蓋をするようになるんですけど、そうせざるを得ないというか。「父に対して何かを言ったりすることは馬鹿らしい」と思うようにならないと自分がおかしくなってしまうから、言いたいことをため込むようになってしまったと思うと、すごく寂しいものを感じました。

©菊池真理子/秋田書店 © 2019映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

――映画には「父がお酒を飲んだ日はカレンダーに×印を書く」ことが、オリジナル要素として取り入れられました。母親の自殺によって一時断酒したものの、すぐにお酒を飲み始めた父に対して無関心になると決め、×印を書かなくなったサキの心情をどう捉えましたか?

 そこに至るまでの気持ちって、急にそうなるものではないと思うんです。お母さんのお葬式の時でさえお酒を飲む父親に対して、サキは「何を言っても無駄だ」と、中学生の時に諦めることを覚えて、早く大人になってしまったところがあるんですよね。ずっと自分の気持ちに蓋をしていたサキにとって、あの×印を書かなくなったことは大きな行動だったと思うんですが、本当にお父さんに対して無関心でいられた時って、実はなかったと思うんです。

 妹のフミにも「ほっときなさい」と口では言っていても、2人にとってお父さんはずっとお父さんなので、自分はずっとその娘でいなければいけない。同じ環境で育っても、妹は明るい性格でサキとは違うように見えますが、父に対して諦めていたことは同じで、妹も本当の気持ちを話すことはなかったし、みんなが我慢して、家族全員がディスコミュニケーションだったのかなと感じました。

ヘアメイク:倉田明美、スタイリスト:有咲

――映画の後半で、サキがお父さんに「無視しないで」「話を聞いて」と激しく感情をぶつけるシーンがあります。これまでずっと我慢していた気持ちを、サキが初めて父親にぶつけた姿が印象的でしたが、松本さんはこのシーンを演じられていかがでしたか?

 私もあのシーンは他のどの場面を撮っていても、ずっと意識していました。実の父に対して「無視しないで」とか「子供を育てる資格はない」って、本来なら娘が言う言葉じゃないんですけど、それはずっとサキが思っていたことなんですよね。そのセリフや思いをずっと頭の中で往復していたので、私の中に染みついていました。このシーンを撮影したのは中盤頃だったと思うんですけど、本番前は不思議とぼーっとしていたんですが、それでも本番でその感情を出せる気がしたんです。テストもなく一発OKだったので、私の中でずっとこのシーンを意識していたのは間違いではなかったんだなと思いました。

――それでも結局、お父さんからは何も返ってこないのが虚しいですよね。「いつか分かってくれる、変わってくれる」と父親にどこか期待してしまう分、無視されたり反応がなかったりすると、娘としては余計に辛いですよね。

 私も父との関係で色々と悩んだ経験がありますが、みんな人に言わないだけで、恋人や親子、様々な人間関係で悩んでいる人はたくさんいると思います。本作の場合、親子という血がつながっている関係だからこそ、サキも父親のことを諦めきれないんだと思います。きっと、お父さんが亡くなった後もサキの中で寂しい気持ちはずっと続いていくんでしょうね。

©菊池真理子/秋田書店 © 2019映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

家族というつながりに答えはない

――親子の問題はなかなか人には言いにくくて、自分の中で抱えたまま沼にハマってしまいがちですが、作品を通して見ると第三者としての考え方ができるように思いました。 

 私の仲の良い友達が、長い間親との関係で悩んでいるんです。その子の話を聞くと、信じられないことがたくさん起こっていて、周りから見ると「縁を切って」と思うんですけど、本人の気持ちを考えると、その子にとって親は親なんですよね。「縁を切る」と言っても本当に切れるわけではないし、血がつながっているって、本当に厄介なことだと思います。親でも子供でも、その関係にしがみついてくる人もいて、でもやっぱり家族への愛はどうしてもあるじゃないですか。他人からするとこちらも踏み込めないところでもあるので、親子の関係って本当に厄介ですよね。

 映画では、ジュンちゃんという親友の存在がサキにとって支えになったように、周りにいる人が少しでも吐き出せる役割でいられたらいいなと思います。

――本作を通して、松本さんご自身は何かカタルシスを得ることはできましたか?

 私は逆にどんどん分からなくなりました。この作品はハッピーエンドでもないし、何か答えが出るわけでもない。ただただ、サキの中に「父親」という存在がずっと残っていくものとしてあり続けるんだと思うんです。撮影が終わって今改めて考えてみても、やっぱりどんどん分からなくなっていきますね。血がつながっているからこそ家族がバラバラになってしまったり、逆に愛がなかったら、もっとまとまっている4人だったのかもしれないと思ったり。家族というつながりは本当に難しくて、それに答えはないんだなと思います。

――本作は菊池さんの実体験を基にしたコミックエッセイが原作ですが、松本さんは普段どんなジャンルの本を読みますか?

 同じ関西人ということもあり、西加奈子さんの作品が好きなんです。最近は西さんの『あおい』(小学館)という作品を読み返しています。主人公は色んな人を好きになって、最初は恋愛の幸せに浸っているんだけど、気づいたら「自分には何もない」と思って悔し涙を流しているようなシーンや、序盤で「あなたの全てを、話してください。それはきっといつも、大丈夫なんだよ」っていう言葉があるんですけど、そこもすごく好きです。

 西さんって、読者に寄り添ってくれるんですよね。私はまだ多くの作家さんを知っているわけではないのですが、読んでいるこちらのすべてを分かってくれるような文章を書けるのは西さんしかいないなと思うし、「頑張れ」とか「大丈夫」って誰かに言うのは結構勇気がいるじゃないですか。そこを飛び越えて全てを包み込める人は、中々いないんじゃないかなと思います。