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毒親がつらい人は「一人にならないで」 「酔うと化け物になる父がつらい」漫画家・菊池真理子さんインタビュー

文:根津香菜子、写真:加藤梢

苦しさに気づかないようにしていた

――ご自身の体験を漫画に描こうと思ったきっかけを教えてください。

 元々漫画が好きで、小学生の頃からノートに描いていましたね。23歳の時に漫画家としてデビューして、別のペンネームで取材漫画を描いていた時に、友達からアルコール依存症のセミナーに誘われて行ったんです。そこで「こういう症状がアルコール依存症です」と聞いたことが、結構自分の父に当てはまったんです。その頃父は病気で亡くなっていましたが「もしかしたらうちのお父さんも依存症だったのかな」と思ったのが始まりでした。それまでは自分の父親のことについて深く考えたことがなかったんですけど、それを漫画の中でちらっと描いたら、担当さんから「それを膨らませてみて」と言ってもらい、描いてみたのがこの作品です。

>『酔うと化け物になる父がつらい』1話の試し読みはこちら

――本作の冒頭で「思い出の父はいつも酔っている」と書かれています。菊池さんが幼いころから、休日は家で麻雀仲間と翌朝まで酒盛りし、2日に一度は泥酔して、飲酒運転で車を燃やしたり、何を言ってもまともな受け答えができなくなる「化け物」になって帰ってきたりする父親が「アルコール依存症」だったと認識されてから、ご自身のことを振り返ってみていかがでしたか?

 その当時は「苦しい」と思わないようにしないとやっていけなかったので、 無意識にそう思わないようにしていたんだと思うんですよね。苦しい気持ちを自分自身で気づかないようにしていたので、余計ねじ曲がってしまったんだなと思っています。そういう自分の感じ方に一つ問題があったと思うのと、それまで私が抱いていた依存症のイメージが連続飲酒するとか手が震えるとかで、父はそういう状態じゃなかったので飲み方がおかしいと思わなかったし、「それが嫌だと思う自分の方がおかしいんじゃないか。自分が間違っている」と思っていました。

漫画『酔うと化け物になる父がつらい』より ©菊池真理子(秋田書店)2017

――酒乱のお父さんに振り回されるほかにも、お母さんの自殺や彼氏のDVなど、次々と起こる負の連鎖が描かれていますが、今お母さんと元カレについてどう思われますか?

 母は私が中学2年生の時に亡くなっているんですけど、そのくらいの年齢ってまだ親が絶対的な存在だったりするじゃないですか。だから当時は「かわいそうな人だな」と思っていたんですが、ある日突然母に対して怒りが湧いてきたんですよ。母は自宅で亡くなっているので、第一発見者が子供だっていうことも分かっているはずなのに「この人はやってはいけないことをやったな」という怒りが沸いて、やっぱり母はとんでもない人だったなと。母にも色々な事情があったとは分かりつつ、ただの「かわいそうな被害者」から「子どもにやっていけないことをやった人」に、今少しずつ変わっています。

 DV彼氏に関しては、「サイコパス」な人だったなと思います(笑)。彼も複雑な家庭環境があって、かわいそうだと思うところもあったんですが、かわいそうな人だからといって罪を犯していいわけじゃないですよね。今は、彼があのままの性格で結婚したり、子供をつくったりしていなければいいなと思っています。

漫画『酔うと化け物になる父がつらい』より ©菊池真理子(秋田書店)2017

――お母さんが亡くなった後もお酒を止めないお父さんとずっと一緒に暮らす中で、「突然父を無視できるようになった」と書かれていましたが、それは菊池さんが自己防衛のための手段だったのかなと感じました。

 そうだと思います。このまま父と関わり続けていたら、ずっと自分が心の中で泣き叫び続けなければいけないんですよね。それが辛いから、もう「いない人」にしようと思うようにして、自分を守ったのかなと。

――「家を出ればいいじゃない」とか「そんな親とは縁を切っちゃえ」と言う人もいますが、親子の縁はそう簡単に切れるものではないし、家を出たとしても親のことを完全に忘れることは出来ないですよね。

 家を出るとか縁を切るとかはとてもいい方法だと思うので、それができるなら勧めたい方法ではあるのですが、全ての人ができるわけではないですよね。家庭によって色々な事情があるので、出来ない人を責めるのはまず論外ですし、その人が生き延びていくためには、本人でしか分からない生活の中で、最善の策を選んできたんじゃないかなと思うんですよ。悩んでいる人には色々な段階の人がいるので、外部にようやく相談できるようになったら、そこで出来るアドバイスはあるけれど、そうじゃない段階の人に「こうしなさい」と言うべきではないなと最近思っています。

 多分私は、母が生きていたら家を出ていたと思うんですけど「私が家を出たらこの酔っ払いは死んじゃう」と思っていたし、確実に父が孤独死することが目に見えていたので。でもそれは別に、優しいとかいい子だからじゃないんです。単にそういう状況に生きていただけなので「逃げればよかったのに」と後から言われることもあるけど、「逃げなかったのはおかしい」と言われるのはキツいです。

父親の病気と自分の被害は別

――最初に本作のタイトルを見た時「父がつらい」という一言が胸に刺さりました。「嫌だ」とか「悲しい」ではなく「つらい」という感情が、親のことで悩む気持ちの全てを表しているように感じました。

 以前、「断酒会」(アルコール依存症や問題飲酒などの酒害から回復し、自力更生するための相互援助団体)というグループにいる人が本作を読んで「父が嫌いじゃなくて『つらい』にしてくれてありがとうございます」って言ってくださったんです。その言葉は今でも覚えていますね。「つらい」っていうのは自分の気持ちで、父を責めている言葉ではないと思っていて、責めることができれば楽だったのかもしれないけど、私にはできない選択だったんです。

――「アルコール依存症」という病名がつくと、何に対して怒りをぶつければいいのか分からなくなりますね。「お酒」なのか「お酒に溺れてしまう人」なのか「飲ませてしまう人」なのか……。

 私も「依存症は病気」と知った後、「じゃあ私はその病人を責めてしまったのか」って思うし、病気に対する理解が足りなかったんだと、その後すごく自分を責めるんですよ。でも、私自身カウンセリングに行くようになったら、そこの先生が「お父さんが病気なことと、ご自身が受けた被害は分けて考えるようにしましょうね」と言ってくれて「そうだよね、私も確実に被害を受けているんだよね」って考えるようになりました。今はまだ切り離して考える練習中なんです。依存症って本人も被害者だったりするから根が深い。だからこそ家族は罪悪感を持ちやすいんですよね。だから私、本心ではお酒なんてなくなってほしいと思っているのかもしれません。

映画「酔うと化け物になる父がつらい」より ©2019映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

――「毒親」という言葉が世間で周知され始めた近年は、親のことで悩む未成年に対して自治体などの相談窓口も増えてきましたが、「毒親」の元で育って、今もずっと悩み続けている大人の受け入れ口が少ないと思います。

 本当にそう。子供の窓口は結構あるけど、18歳までしか話を聞いてくれなかったり、受け付けもしてもらえなかったりします。それに、大人になると「あいつメンヘラでヤバい」とか変なレッテルを貼られて、余計生きづらくなってしまうんですよね。私もどうしたらいいのかしら?と思っている最中なんです。

 大人って「元子供」じゃないですか。「大人だからできるでしょう」じゃなくて、「子供の時にこういう扱いを受けてきた人がたくさんいるんだよ」ってことをみんなが知ってくれて、「うちってこうなんだよね」と言った時に否定されることがなくなるといいなと思っています。「親の悪口を言っちゃだめだよ」と言う人がいなくなって、「そういうお家もあるんだね」っていう土壌ができてくれればいいなと思っているんです。なので、本作をファンタジーだと思って読む人もいるかもしれないけど、そういう家庭も実在していると少しでも知ってもらえたら、少しずつ変わってくるのかなと思っています。

――2作目の『毒親サバイバル』(KADOKAWA)では、暴言・暴力をふるったり、価値観を一方的に押し付けるなどの「毒親」に育てられた10人の方に取材されていますが、お会いになった印象はいかがでしたか?

 みなさん、すごく人に気を遣ってくれる優しい人ばかりで、他の人からは「優しくていい人だね」って言われる人たちなのに、ほとんどの人が「自分のことが嫌い」と言っているんです。責めるところなんか何もないのに、一生懸命自分の欠点を探している感じがして「あなたはめちゃくちゃステキだよ」って言いたかったです。憎しみに飲み込まれている時は、多少攻撃的になったり、お酒に溺れてしまってもしょうがないかなとも思うんですよ。でも、そこから抜けられたみなさんは、本当にステキな人になっていたんです。だからといって、親を許しているわけでもないし、周りも「許せ」とは言いません。自分に対して加害者であった人を切り離して、それぞれが自分の生活を歩んでいるなと感じました。

泣きながら言われた「お酒って何ですか」

――菊池さんはアルコール依存症や親との関係などついての講演会も行っていらっしゃいますが、印象に残っていることはありますか?

 以前、漫画家の田房永子(たぶさ・えいこ)さんと一緒にイベントをやった時、アルコール依存症のお父さんと暮らす子が来てくれたんですが、泣きながら「お酒って何なんですか」って言われたんです。その時にうまく答えられなかったんですが、後日、別の場所で講演をやったら、その子が前のイベントで出会った友達と一緒に来てくれてすごく嬉しかったですね。そんな風に、気持ちを分かりあってくれる人同士が知り合える場所がもっと出来たらいいなと思っています。今はSNSがその役割を果たしてくれているのかもしれないけど、もうちょっとそういう場所があってもいいですよね。

――同じ境遇の人同士、初対面でもどこか通じるものがありますよね。それに、だれかが自分の環境を知っていてくれるって、すごく心強いです。

 そうなんです。友達やだれかに話したところで家のことは何も変わらないんだけど、でも自分の気持ちは少し変わりますから。自分が変わっただけで、変わった日にちが長くなる。変わったことで出来る行動や変化が起きるはず。だから私はいつも「今辛い人は一人にならないで」と言っています。

――私も親のことで悩んでいたのですが、菊池さんの本を読んで「親に対して無関心でいていいんだよ」と言ってもらえた気がして救われました。どんなに問題のある親であっても、やはり自分にとっては親なので、それに対して自分が「憎い」とか「嫌だ」という感情を持ってしまうことに、ものすごい自己嫌悪を感じていたんです。

 本当にそうですよね。大分前にSNSでも書いたんですが、例えば、同じことをクラスメイトにされて、謝りもしない人を許すことはできないじゃないですか。でも親の場合、謝ってもこないのに、ただ「親」というだけで許せというのはおかしいと思っています。同じ嫌なことをされても、親だから許して、しかも面倒もみてその人を介護しろなんて、どれだけの善人がやることなんだ!って(笑)。普通の人間には無理な話ですよ。

 『酔うと化け物になる父がつらい』が映画化されるというお話を聞いたときも、片桐(健滋)監督には「家族の絆とか家族愛をうたう映画にはしないでください」と最初にお願いしたんです。もしそういう内容だったら、観た人の中に自分を責めて自殺してしまう人がいるんじゃないかって心配したくらいなので、そうではない映画にしてくださったので、ありがたかったです。

>映画「酔うと化け物になる父がつらい」主演の松本穂香さんインタビューはこちら

映画「酔うと化け物になる父がつらい」より ©2019映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

――どうして子供はいくつになっても親を求めてしまうのかなって思います。

 悔しいですよね。もういい加減「どうでもいい!」って思いたいけど、未だに私も親のことで泣きますもん。「どうでもいい人なんだけどな~」って思っているのに、本心ではそう思っていないんだなって。きっと死ぬまでその思いは残っちゃうと思うんだけど、これはもう、ハズレくじを引いたくらいしょうがないと思って、一回ハズレを引いただけで、くじは一回じゃないですから。そこはしょうがなかったねって諦められる日がいつか来ると思います。まだ私自身がそうじゃないから「来ます」と断言できないけど、そうやって乗り越えてステキに生きている先輩たちが大勢いますから。

――「毒親」に悩む人をテーマにした著作を描いてみて、何かご自身に変化はありましたか?

 自分のことを少し客観的にみられるようになりましたね。それまでは「何で私はこんなにだめな人間なんだろう」って思っていたけど、100%私のせいではなくて「こういう育てられ方をしたら、ここら辺はうまくできないよね」っていうことが漫画を描きながらも分かってきて、その後本が出版されてから多くの反響をいただいて、そう思っているのは自分だけじゃなく、みんなにもあることが分かって少し楽になりました。

――親や家族のことで悩んでいる人たちへ、メッセージをお願いします。

 色々な事情で家を出られずにいる人もたくさんいると思います。でも、同じ空間に住んでいても気持ちを切り離すことはできるから、とにかく自分を守ることです。「毒親」に育てられたことでいろんな影響を受けて、自分のことが好きになれなかったり、コミュニケーションが下手だったり、不自由しているかもしれないけど、それはあなたのせいではなく、親のせいです。今そこから生きなおして、自分の力で自分に良いことがたくさんできるようになります。親はハズレだったかもしれないけど、その分いい人たちに出会えるから大丈夫ですよ。