1. HOME
  2. インタビュー
  3. 清川あさみさんと中野信子さんの絵本「ちかづいて はなれて わお!」 視点の変化で赤ちゃんの脳を刺激

清川あさみさんと中野信子さんの絵本「ちかづいて はなれて わお!」 視点の変化で赤ちゃんの脳を刺激

文:日下淳子、写真:上記左の清川さんの写真はASAMI inc.提供、右は中野信子さん

ひと目見て赤ちゃんの脳にいい本だと思った

――絵に刺繍を施した作品などで知られる、アーティストの清川あさみさんが、新しい絵本に挑戦している。今年発売した『ちかづいて はなれて わお!』(パイ インターナショナル)という絵本は、親を元気にするプロジェクトとして企画。テントウムシ、チンアナゴ、パンダ……といった動植物を近づいて見たり、離れて見たりすることで脳を刺激するしかけになっている。巻末で脳への働きかけについて解説しているのは、脳科学者の中野信子さん。ふたりは、プライベートでも仲が良く、絵本を出版するきっかけともなった。

清川:きっかけは、信子ちゃんから私の出産のお祝いに赤ちゃん絵本をいただいたときなんです。赤ちゃん向けにこういう本があるんだねって話をしていて、「私も次男と遊びながら作った絵本があるんだ」と見せたのが、この、『ちかづいて はなれて わお!』のもとになるものでした。信子ちゃんが「これいいじゃん! これ絵本として出版した方がいいよ!」ってすすめてくれて、実際に出版することになりました。

中野:ぱっと見て、これは脳をそだてるのにとてもいいな、って思ったんですよ。まず、声を出すというしかけがあるので、親子の楽しいコミュニケーションのきっかけになりますよね。また、3歳ぐらいになってくると、前頭葉が少しずつ成長してきて、物事の裏にあるものを発見したり、角度を変えると違って見える、という楽しみもわかってきます。お子さんによって前後しますが、自分の立場だけではない、他の人から見たらどうなのか、ということを考え始める時期なんです。この絵本は、同じものでも近づいたり離れたりすると違って見えるということを描いているんですが、そういう考え方を、親子の楽しいコミュニケーションの中で、赤ちゃんの頃から育てられるのはとてもいいんじゃないかな?と話しました。

『ちかづいて はなれて わお!』(パイ インターナショナル)より

正解のない謎解きを親子で楽しんで

――絵本の冒頭には、「保護者のみなさまへ」という解説ページがある。そこには、赤ちゃんの表情や反応に合わせて声かけをしてみたり、「わお!」という言葉もいろいろ声を変えて読んでみたりしよう、という提案が書かれている。ひとくちに赤ちゃん絵本といっても、子どもによって反応は異なり、それぞれの子どもとコミュニケーションを楽しみながら読むことが一番大事だと二人は考えている。

中野:親御さんが絵本を指して「この丸いのはなんだろうね」とか、「このしましまはなんだろうね」と質問しても、実は正解は一通りではないんです。お子さんによっていろんな見方をすると思うし、していいんですよ。子どもが自由なことを言ったときに、「違うよ、これはテントウムシだよ」と決めてしまうんじゃなくて、親御さんにも、子どもの自由な発想を楽しんでほしい。大人の脳からは出てこないような、珍しい解釈が飛び出して来たら、その子はほんとうに豊かな世界を持っている証拠です。子どもの突飛な発想を否定しないということが、その子にとってどれだけ創造力や知性をはぐくむ力になることか。そして、それを受け止めてもらったという内的経験は、子どもにとって一生涯の財産になるんです。

清川:まだ幼い子は絵本を「読む」までに至らないこともありますが、子どもの粘土のようなやわらかい脳に刺激を与えるという意味では、絵本をパッパッとめくるだけでもいいと思うんです。なんか絵が変わったなあ、丸があるなあ、四角があるなあということを、楽しんでくれるだけで十分。子どもが何に反応するのか、そこに大人が気づいて、赤が好きなんだ、ストライプが好きなんだ、というふうに、親も一緒にその子の個性を発見できたらいいなと思っています。

『ちかづいて はなれて わお!』(パイ インターナショナル)より

中野:個性というところでは、ニューヨークのMOMA美術館で行っているVTSという対話型の鑑賞プログラムに印象的な実践があるんですよ。美術館でアートを鑑賞するんですが、作品の背景を教えずに、子どもたちに純粋に感じたことを発表してもらうんです。たとえば、そこでモネの『睡蓮』を見た子が「カエルがいる!」って言うとします。でもどこにもカエルなんて描かれていない。先生が「どこにいるのかな?」って聞くと「いまは水にもぐっちゃったの!」なんて答えたりということが起こるわけです。子どもたちが自分の見方を批判されずに表現することができるんだということを体験として学習する。そして、自分の想像力をより広げていける教育プログラムになっているんですね。

興味深いことに、このプログラムを経験した子どもたちは、美術でない他の科目の成績もよくなっていったのです。こうした経緯から、アメリカではたいへん話題になり、広がっているプログラムなんです。自分の自由な意見を言っても否定されない、否定されずに表現できる、という経験は、健康な自己肯定感を育みます。それが、これから先の長い子どもの人生において、自信をもって自分の選択肢を選んでいくための、とても大事な力になっていくんです。

生き抜く力を育てるために

――清川さんの作る現代アートや名作シリーズとは、またひと味違った雰囲気を持つこの親子絵本。勉強やしつけではなく、子どもが人間として生きていくための力「非認知能力」を育めるシリーズとして、これからも絵本を出していきたいという。

清川:私はアート作品を作っていますが、絵本と他の作品とは全然スタンスが違います。子どもだけでなく、大人が見てほっこりしたり、安心したり、楽しいと思える、かわいいと思えるものを作りたい、というのが第一にありました。この絵本が、お父さんを含めて、子育て中の皆さんのいいきっかけになったらいいなと思っています。親もいろんな角度から楽しんでほしいですよね。

中野:そうですね。子育て中の親御さんは、子どものことを思って自分を後回しにしてしまいがちですよね。そのお気持ちはあたたかいものだし、「この子のために何ができるだろう」っていろいろ考えてあげるのは素敵なことですけれど、でもそこで、子どものために自分を犠牲にしている気持ちがあると、子どもはそれを感じちゃう。息をつめて我慢してというのでなく、親御さん自身も新しい発見や日々の驚きを新鮮なものとして味わうなかで、子どもの非認知能力を育ててあげるのがいいんじゃないかと思うんです。

YouTubeチャンネル Culture Room by Asami Kiyokawaより

清川:私も以前、いまの世の中、何が起こるかわからないから、「非認知能力」が大事になってくる、と信子ちゃんに、言われたことが、すごく印象に残っています。

中野:非認知能力って、すごくざっくり言うと、ものごとを投げ出さずにやり抜く力とか、忍耐力とか、相手を思いやる力なんですよ。どなたのまわりにも、一人くらいは「どこにいても生きていけそうな人」っているんじゃないかと思いますけど、そういう人は別に、お勉強ができたりするわけでもなく、容姿や体力に恵まれている、ということともちょっと違ったりする。よく観察してみると、交渉力があるとか、人の気持ちがよくわかるとか、粘り強くやり続ける根気があるとか、ちょっとやそっとじゃへこたれない心のバネ(レジリエンス)があるとか、相手の心を開かせる力が高いとか、そういう人なんですよね。そこで、この本は「与えられた選択肢の中から正解を選ぶ力」ではなく、「自分の頭で考えた答えを正解にしていく力」をつけるための、心の土台をつくる絵本にしようと語り合ったんです。

清川:この非認知能力を育める絵本として『ちかづいて はなれて わお!』に続けてあと2冊、シリーズで絵本を出そうと思ってるんです。1作目は遠近法だから、2作目、3作目以降は角度や時間の変化をテーマにした内容にしたいと思っています。子どもが絵本の続きを作りたがったこともあって、ぜひワークショップもやりたいねって話しています。