この人がトイレを語るって、ないよな
――トイレについての本を出すのはこれで4冊目になりますね。
マニアックな世界なので、どんな方が興味を持ってくれるんだろうという思いは当然あったんですけど、狭ければ狭いほど、熱を持って読んでくれる層が一定数いるのではないかと思いながら毎回書いています。
――今回はそんな中でも対談本ということで、著名人から専門家まで、さまざまなジャンルのみなさんとトイレについてアプローチされています。「トイレ本」と一口にいってもこれだけいろんな角度からみられるんだと。対談ならではの良さがありました。
この人がトイレを語るって、ないよなっていう方にご登場いただけたのはすごくよかったですね。
――作家の朝井リョウさんとの対談では、朝井さんのお腹が弱いという話から、「トイレと人生」についてのメンタリティにまで話題が及んでいます。
朝井くんとの対談は、自分でも何度も読み返して、グッときちゃったんですけど……。明るく話してくれてはいるけれど、ものすごくトイレや、自分の身体と向き合っていることがわかる。むしろ、トイレについてのエピソードがあったからこそ、朝井くんが作家として名をあげているとも言えるような大きな出来事がたくさんあるんですよね。
あんな名作を書きながらもトイレに行きたくて焦ってる瞬間もあったんだなぁという人間臭さを打ち明けてくれたこと、すごくかっこいいなと感謝しています。こんな思いをしてたの、自分だけじゃないんだって思ってもらえるような、そういう読者に励みにしてもらえたら嬉しいですね。
――巻末のアンケートコーナーでは「トイレBIG3」として声優の山寺宏一さんとくるりの岸田繁さんがQ&Aに答えています。
くるりの岸田さんは特にマニアックでしたよね。トイレの流れる音について考察するってすごい掘り方! お会いしてトイレの話をする時も、すごく哲学的にトイレや流水音について捉えてらっしゃるんですよ。
――哲学的?
変態的、とも言えますかね(笑)。
トイレ好きの入り口は「機能」
――トイレメーカー3社の社員が一堂に会した座談会では各社素晴らしいプレゼンがあった分、かなりの情報量でした。でも、家電好き、メカ好きの人たちはおもしろく読めますよね。トイレを好きになるきっかけは様々だと感じました。
僕自身も機能というのが入り口で好きになっているんですよ。車好きの方が車のメカニックな部分に惹かれるのに似ていると思うんですけど、各社、技術革新をしていくところがロマンなんですよね。今後、トイレもどんどん技術が進化していくはずなので、そういうポイントから興味を持ってもらってもいいと思います。
今回、競合である3社にご協力いただいたんですけど、こんな風にライバル会社が揃ってお話をすることなんてなかなかないそうで。リスクもあったと思うのにみなさん出てくださったんです。
――メカ的な視点から見てのトイレの魅力って、なんでしょう?
新商品が出た時などにショールームを見学させてもらうのですが、何がどう新しくなったのかを聞いて、そこに至るまでにどういう研究があったのかなんていう裏話も伺えるんですよ。そのあたりがすごくおもしろいです。
例えばね、「尿跳ね」の問題をどうにかしようということで各社アプローチしているんですけど。「尿跳ね」の検証をするためには、実験のために「正確な人間の尿跳ね」を再現しなくてはならない。「人間のおしっこの出る勢い」の再現度を高めなきゃいけないってことになるんですよ。で、その精度をあげるための部隊がまた、社内にいるわけです。奥が深いでしょ? そうやって、さまざまな分野の技術革新をして、実験を繰り返してできたものが消費者に届いているんです。そういう職人たちのこだわりが、すごくドラマチックだなぁって。
――これはもう「朝ドラ化」してほしいですね……(笑)。
朝井リョウくん原作で。ぜひおねがいしたい(笑)。
ネガティブを吐き出して、流して
――佐藤さんはトイレの魅力を「ひとりになれたり、リラックスできるところ。基本的に誰かの顔を気にして生きているけど、トイレにいる時だけは素でいられる」と語っています。他人の顔色を伺ってしまう人にとって、トイレってそういう役割も果たしているんですね。
僕は家に帰ると妻も子どももいて、もちろん仕事ではたくさんの人と関わって。本当にひとりになれる瞬間がトイレだけなんですよね。実は、自分と向き合えるすごく貴重な時間だと感じています。トイレを「用をたす場所」とだけ認識している方も多いと思うのですが、清潔にしていれば一息つける場所にもなるんです。
――トイレじゃなきゃいけない理由というのはあるのでしょうか?
これは僕の潜在的なものかもしれないですが……「汚いものを流すところ」というイメージがあるのかもしれません。自分の中のネガティブなものまで一緒に流れていく、という。
トイレって、とっても不思議じゃないですか? さっきまで自分の中にあったものを出して、それを「汚い!」といって、水に流していくんですよ。自分の体から出てきたものを「汚い」と思う矛盾、そして、その矛盾を消し去ることを実現させる場所なんです。だからこそ、自分の精神的なネガティブなものもそこで吐露できて、一緒に流しているような感覚になるんじゃないでしょうかね。
――流したら流したで、また、すまし顔で外に出ていくという。
社会にいる自分の顔とは分断された、全く別の顔でトイレの中にいる。でも、その顔も、その自分も、「人間活動」の一部なんですよ。一人になった瞬間に現れてくる自分の内面もあるでしょう。でも、それを水に流して、何事もなかったかのように社会に戻っていく。すごいところですよ(笑)。
――そこまで考えると本当に深いです。
みんなの日常を守っていると思うんです。色んなものを吐き出して、流して。トイレがなかったらもっとみんな荒んでいるんじゃないかなぁ。
日本は技術が進んで、自動で便器に水を吹き付けて除菌をするだとか、泡のクッションで「尿跳ね」を防ぐだとか、どこまでいくんだろう?と思ったりもするんですが、それって裏を返せばトイレの歴史に「不浄なもの」というイメージが残っているからとも言えるんですよね。ここまでその文化が根付いていなければ、こんな風には発展していなかっただろうと。ここにきてそれが良い方向への発展の支えになっているように感じます。
――書籍には豪雨災害や地震時のトイレ対策についても掲載されています。日本人はトイレに対しての信頼が強い分危機管理意識はやや低いように感じますがいかがでしょうか。
僕はブログに災害が起きた時に、各メーカーの推奨している災害対策情報をその都度掲載しています。ただ、平常時に情報を発信してもなかなか拡散されないんですよね。身に降りかかってくる状況にならないと、非常時のトイレのことなんて考えられないですよね。なので、こういう対談本の中に組み込ませていただくことで頭の片隅に残ってもらえればと思っています。
今の新型コロナウィルスの件とトイレの関係もそうで。トイレについているハンドドライヤーは現在多くの場所で利用停止になっています。それまではエコの観点からペーパーレスで手を拭くことができるということで重宝されてきました。それが、こういう事態の中で、ウィルスが拡がる一因になるのではないかと言われるようになり、このような状況になっています。もちろん、ハンドドライヤーのメーカーさんは何も悪くない。この判断が科学的な見地で正しいのかもわかりません。
ただ、思うことは我々が今常識だと思っていることが近い将来、まったく逆の捉え方をされる可能性があるということ。今持っている物さしで今後同じ様に物事を判断できるわけではないけれど、少なくともトイレについては僕たちの生活に密着していることだから。だからこそ、「当たり前」を与えられるがままに受け取るだけじゃなく、知識を自分から得てもいいんじゃないかと思います。トイレに無頓着であることは、健康や社会に対して無頓着であるということだ、ぐらいまで常識が浸透してくれるといいなと今は思っています。