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読みたいから、ある 柴崎友香

 昨年、『積ん読の本』の取材を受けた。「積ん読」はまだ読んでいない本をたくさん部屋に積んである状態を指す言葉で、その本は様々な方の「積ん読」についてのインタビューと大量の本が積まれた部屋の写真で構成されている。

 「積ん読」をテーマにした本に載って、その本も好評だったようで、それ以来、いろんな人に「積ん読」について聞かれる。しかし、自分としてはことさらに「積ん読」している意識がないので、あまりうまく答えられないことも多い。

 まだ読んでいない本が大量に家にあるのは事実だが、自分が読める量よりはるかに膨大にこの世に本があるので、読めないのは自然なことだ。幸運にも本を読むことも買うことも仕事のうちという職業についたのだから、本にお金を使わないでどうする、と思って読みたいと思った本はなるべく買うようにしている。だから、積んでいることに罪悪感はないですか、というのも、返答に詰まった。部屋の片付けには困っているし、もっと読めたら、とはもちろん思うけれど、本というのは読めば読むほど読みたい本が増えるものだ。

 家にある本の何割ぐらいが未読ですか、という質問も、すごく多いことしか言えない。本の数も、見当がつかない。ただ、引っ越すときに小さいダンボール箱(本は重いので小さい箱しか使えない)で二百箱近くあった。

 老後の楽しみにとってある本はありますか、との質問も受けたことがあったが、まったく考えたことがなかった。定年退職したらあれをやりたいこれをやりたいと言っていた父親が六十歳で亡くなったので、長生きを前提にしないほうがいいとなんとなく思っているのかもしれない。たぶんそれよりも、読みたいから買ったのでどの本も読めるなら今読みたいのであり、ずっと先に、と考える余裕がないだけだろう。

 正直なことを言えば、一年ぐらい何もせずに本を読みたい。=朝日新聞2025年6月25日掲載