最初はひとりで編集
――1985年から続いていた漫画雑誌「Silky」が2013年に休刊し、同年、“世界初の全作描きおろし漫画の有料ウェブマガジン(定期刊)”として「Love Silky」の配信がスタートしました。
「Silky」は大人の女性向けの恋愛漫画を載せていたレディースコミックです。バブル期の90年代前半がいわゆるレディコミの全盛期だったのですが、2013年に休刊が決まり、私は「Silky」の後を継ぐウェブマガジンの担当になりました。当初はひとりで編集していましたね。
――雑誌一冊をひとりで! 具体的な仕事内容は?
新しいウェブマガジンの名称や掲載する漫画のラインナップを決めました。当時は掲載漫画の作者全員の担当編集者でもありました。
――ウェブマガジンの名称を「Love Silky」にしたのはどうしてですか?
紙雑誌の「Silky」は偶数月にドキュメンタリーを中心にした「感動増刊」も出していて、表紙なども私の担当でした。テーマを絞り込んだのが良かったのか毎回反響があったので、恋愛漫画が載っていることと、一冊の読後感をタイトルでわかりやすく伝えたくて「Love Silky」にしました。
――「Love Silky」のターゲットと編集方針は?
ターゲットは大人の女性で、特に30~40代女性に読まれています。レディコミは多くの出版社が出していて、中にはバッドエンドの作品もありますが、「Love Silky」は2013年の創刊から変わらず「今、恋をしている人もしていない人も、こんな恋愛してみたいと思えるハッピーエンドの漫画を載せること」が編集方針です。コメディ要素もあるし、読んだ後明るい気持ちになれる作品ばかりです。
最大の発明は「バラ売り」
――「Love Silky」が創刊された2010年代前半は、たくさんの人がガラケーからスマホに移行した頃でしたよね。
そうですね。ガラケーは画面が小さいので、電子コミックは漫画のコマごとに読めるコマビュー配信でした。2011年にYahoo!コミックス(現ebookjapan)さんが、スマホの画面で漫画を1ページまるごと読めるページビュー配信を始めました。「Love Silky」もスマホユーザーを想定してページビュー配信にしました。
――「Love Silky」は創刊以来、売上を右肩上がりに伸ばしているそうですが、ヒットした理由は?
全作描きおろし漫画で、なおかつ定期刊の有料ウェブマガジンが他になかったからです。創刊と同時に掲載漫画を「1話100円」で売るなどの“バラ売り配信”を始めたのも、「Love Silky」最大の発明ですね。それまでは掲載漫画一作だけを読むには単行本の発売を待つ必要があったので、単行本より早くバラ売りで好きな漫画を読めるようにしたんです。試行錯誤しながら始めたことですが、配信を開始した翌日には良い反応が出始めて安心しました。今はウェブマガジンよりバラ売りのほうが売れています。
本誌をよく購入してくださる30~40代女性は、すきま時間にスマホで漫画を読んでいる方が多いので、読者のターゲット層とマッチしたのもヒットの理由の一つだと思います。
ページ数も価格も自由
――編集する中で紙雑誌とウェブマガジンの違いをどのように感じていますか?
ウェブマガジンはいろいろなことが自由です。例えば紙雑誌だとページ数が決まっていますし、絶対に締め切りがありますよね。ウェブマガジンは入稿が始まる頃にページ数が決まるので、都度漫画家と編集者の間で相談しながら決められます。万一漫画家さんが締め切りに間に合わなくても次号に載せることが可能だし、ページの増減も自由。「Love Silky」は今まで発行した95号全部、ページ数がバラバラなんですよ(笑)。価格もページ数によって変えられますし、バラ売りの場合はページ数だけではなく、内容を見ながら作者が価格を決めることもできます。
――漫画自体の作り方も異なりますか?
はい。例を挙げると電子コミックではページ内のコマも吹き出しも大きく描いています。コマ内に人物がいる場合はアップに。漫画の背景はシンプルです。電子コミックは「スマホの画面でも見やすいように」が大前提ですから。漫画単体だけではなくウェブマガジン全体を見ても、よけいなものは一切省いています。
――言われてみると紙雑誌には前の号に「次号はこの作品を載せる」という予告がありますよね。白泉社のウェブマガジンにはそれがありません。
バックナンバーを含めてすぐ買えて読めることが電子コミックの魅力なので、次号発売まで待たなければならない予告は必要ないんです。表紙も煽り文句や作品名を省き、絵柄とタイトルロゴだけ載せて、スマホの画面できれいに見えるように調整しています。読者の8割はスマホで電子コミックを読んでいるので。
「バラ売り」の情報を見れば人気の作品も把握できるので、読者アンケートなども必要ありません。レビューの数で迅速に読者の反響がわかることも、ウェブマガジンの強みです。
ライバルは動画、音楽、ゲーム
――「Love Silky」に限らず、漫画のウェブマガジンと紙雑誌で読者のタイプに違いはありますか?
紙の漫画雑誌は漫画好きや漫画家のファンが読みます。そのためライバルは他社の漫画雑誌です。しかしウェブマガジンや電子コミックのライバルは、スマホで楽しめる漫画以外のエンターテイメント、つまり動画や音楽、ゲームなんです。今やすきま時間に多くの人がスマホを見ていますよね。その時間をいかに電子コミックに回してもらえるかが勝負です。
――今まで漫画を読んでいなかった人たちも読者の中にいるということですか?
そうです。「ゲームに飽きたからちょっと電子コミック読んでみようかな。無料試し読みもあるし」といった感じで読み始める人も多いんですよ。電子コミックでは先入観なく読んでもらえるので、漫画の作者が有名か無名かは関係ありません。表紙が見やすくて魅力的であること、内容紹介や無料試し読み部分でどれだけ興味を引けるかの方が大事です。
新人漫画家さんにとっては紙媒体だけだった時代よりチャンスが増えていると思います。「Love Silky」の代表作の『イシャコイ-医者の恋わずらい-』『オットに恋しちゃダメですか?』『野獣は激しく奪う』、妹雑誌にあたる「Love Jossie」の『GAME ~スーツの隙間~』などは、コミックスの発行部数で100万部を超えています。
漫画はスマホで読むもの!?
――新たに創刊されたウェブマガジン「黒蜜」(11月11日~「まんが王国」独占先行配信、12月9日~主要電子書店で配信)を読みました。今までの白泉社の漫画のイメージとは異なるダークな雰囲気で驚きました。
今までの白泉社にないジャンルにチャレンジしようという思いで生まれたウェブマガジンです。「黒蜜」の編集長によると、「人生、一筋縄でいかないよね」という作品を集めたそうです。サスペンスや転落人生などブラックな内容が多く、今電子書籍書店で売れ筋のジャンルでもあります。
――現在、白泉社が配信しているウェブマガジンは9誌ありますが、今後も増えていくのでしょうか?
はい。どんどん出す予定です。商品ラインナップやジャンルを増やしたいと思ったら、すぐにスタートできるという強みがウェブマガジンにはあります。
紙雑誌だと書店や取次の意見を聞いて部数を相談し、制作部が印刷会社に段取りをつけなければなりませんが、ウェブマガジンはそれを一切しません。書店とのやりとりも、紙媒体なら販売部を通す必要があります。一方、ウェブマガジンは編集部が電子書籍書店と直接やりとりするので何もかも決まるのが早いですね。
――現代の漫画のあり方についてどう思いますか?
「Love Silky」創刊以降、時代の流れと共に漫画のあり方は大きく変わりました。紙媒体だけの頃は、夜中に漫画を読み終えて次巻が欲しいとき、書店の開店時間を待って行かなければならなかったし、行っても売り切れているかもしれなかった。でもウェブマガジンはスマホさえあれば365日いつでも手に入ります。
若い世代は既に漫画はスマホで読むものだと感じているかもしれません。紙媒体だけだと衰退したかも知れない漫画が、電子化によって新しい読者を得ることができた。今後も時代の変化に応じた漫画の売り方を見つけたら、いち早く挑戦したいですね。