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「読ん」で「詠む」、知ると結構楽しいよ 歌人・千葉聡さん、俳人・神野紗希さんおすすめの本

(左)千葉聡さん (右)神野紗希さん

千葉聡さん お悩みのそばに短歌を 

 短歌は、わたしたちを応援してくれるものです。みなさんのお悩みを解消する短歌の本を、ご紹介しましょう。

 ●30分で幸せな気持ちになりたい…枡野浩一(ますのこういち)選『ドラえもん短歌』(小学館文庫)をどうぞ。〈自転車で君を家まで送ってたどこでもドアがなくてよかった 仁尾智(におさとる)〉など、ドラえもんをテーマにした短歌集。「かんたん短歌」のレクチャーも心強い。ドラえもんに会える未来が楽しみになります。

 ●大学のサークルの雰囲気を味わいたい…東(ひがし)直子、穂村弘『しびれる短歌』(ちくまプリマー新書)をどうぞ。2人の人気歌人が現代短歌の魅力を、本音全開で語っています。

 ●恋愛で悩んでいます…笹公人(きみひと)『念力恋愛』(幻冬舎)を。〈もし君がキエーーと奇声あげながらヤシの実割ったとしても 好きだよ。〉など恋愛の深刻さを笑いに変える、衝撃的な短歌が満載。読んで一休みすれば熱くなりがちな恋にも余裕が持てるでしょう。

 ●自分探しが辛(つら)くなった…穂村弘『短歌という爆弾』(小学館文庫)をどうぞ。ナイーブな青年は、どうやって人気歌人になっていったのでしょうか。ものを書くことで自分の強みを見つけていった穂村さんの青春記です。

 ●ビックリしたい…小島なお『展開図』(柊書房)を。景色を詠んだ人はたくさんいましたが、〈桜散る川沿いにひと群れながら私たちみな川の見る夢〉と、景色の方が人を夢に見ていると詠んだ人は、今までいなかったのでは?

 ●コロナ禍で疲れた…俵万智『未来のサイズ』(角川書店)をどうぞ。恋の歌の名手として知られた俵さんは、コロナの時代に、人と人との絆を守るために歌を詠んでいます。〈自己責任、非正規雇用、生産性 寅さんだったら何て言うかな〉

 ●優しい気持ちで眠りたい…岡野大嗣(だいじ)『たやすみなさい』(書肆侃侃房〈しょしかんかんぼう〉)をどうぞ。忙しさの中で忘れがちな小さなことを、そっと思い出させてくれます。〈ゆっくりとゆっくりと漕ぐ自転車をきみの早歩きのスピードで〉

 ●思い切り泣きたい…工藤吉生(よしお)『世界で一番すばらしい俺』(短歌研究社)をどうぞ。校舎から飛び降り、車にはねられ、それでも生き抜いて自分のダメさを見つめてきた青年の純情にしびれます。〈膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺〉

 みなさん、短歌を「読む」人から「詠む」人になりませんか。あなたにしか詠めないことがきっとあるはず。いつかあなたの歌を読ませてください。

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 ちば・さとし 1968年生まれ。歌人・高校教諭。短歌研究新人賞受賞。歌集『グラウンドを駆けるモーツァルト』(角川書店)2月刊行予定。お悩み相談エッセー「人生処方歌集」を佐藤弓生(ゆみお)さんと「短歌研究」に連載中。

神野紗希さん 俳句、ほとばしる多様性

 テレビ番組「プレバト!!」が人気で、俳句もずいぶん身近になりました。十七音の小宇宙。俳句の今、覗(のぞ)いてみませんか?

 若手世代の句集なら、生駒大祐(だいすけ)『水界園丁(すいかいえんてい)』(港の人)や福田若之(わかゆき)『自生地』(東京四季出版、品切れ・増版予定)に、テン年代の無垢(むく)でナイーブな感受性が結晶しています。生駒さんは〈水の中に道あり歩きつつ枯れぬ〉〈雨は野をせつなくさせて梨の花〉など、組成された言語世界の透明度が魅力。福田さんの〈春はすぐそこだけどパスワードが違う〉〈ヒヤシンスしあわせがどうしても要る〉と口語で疾走する青春も、まっすぐ胸に飛び込みます。

 現代俳句の切っ先が光るのは、鴇田智哉(ときたともや)『エレメンツ』(素粒社)。〈かなかなといふ菱形のつらなれり〉〈ラクロスは兎の夢で出来てゐる〉。対象の本質を心に感応させ、「生きている」を写し取ります。句集が初めてなら池田澄子さんがおすすめ。『此処(ここ)』(朔出版)から〈ごーやーちゃんぷるーときどき人が泣く〉〈猫の子の抱き方プルトニウムの捨て方〉、口語を駆使して軽やかに人生や社会を見つめます。王道「ザ・俳句」の今を知るなら、津川絵理子『夜の水平線』(ふらんす堂)。〈生きのよき魚つめたし花蘇芳〉〈香水や土星にうすき氷の輪〉、世界へひらける果てしなさは、季語を介して宇宙と共存できる俳句の醍醐味(だいごみ)です。

 現代の若手から気になる人を探すなら、アンソロジー『新撰(しんせん)21』シリーズ(邑〈ゆう〉書林)。平井照敏編『現代の俳句』(講談社学術文庫、品切れ)は、高浜虚子以降の近現代俳句の達成が、ざっと俯瞰(ふかん)できる名著です。

 1句単位の名句集成なら、正木(まさき)ゆう子『現代秀句』(春秋社)。添えられた鑑賞は初めて俳句に触れる人にも優しく語りかけます。倉阪鬼一郎の『怖い俳句』(幻冬舎新書)は、その名のとおり古今東西の怖い俳句を集めた一冊。〈狐火(きつねび)や髑髏(どくろ)に雨のたまる夜に 与謝蕪村〉は怪異、〈稲妻に道きく女はだしかな 泉鏡花〉は狂気。新しい切り口に、俳句の多様性がほとばしります。

 漫画『ほしとんで』(本田著、KADOKAWA)は、大学の俳句ゼミで繰り広げられる文学コメディ。主人公・流星が、個性豊かなゼミ生とともに、楽しみながら俳句を学びます。スピーディーなギャグテイストがいい感じに尖(とが)っています。

 最後にみなさんへ、ゼミの坂本先生が初日に語った言葉を。「俳句は難しい(略)上手(うま)いからってモテることもないし本は売れないし でも 知ると結構楽しいよ」
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 こうの・さき 俳人。1983年生まれ。高校時代に俳句を始める。最新句集『すみれそよぐ』(朔出版)、エッセー集『もう泣かない電気毛布は裏切らない』(日本経済新聞出版社)ほか。2020年、桂信子賞を受賞。=朝日新聞2021年1月30日掲載