『桜のような僕の恋人』の場合、2017年に発売されたときから書店員の評価は高く、売れ行きも好調でした。さらに売れ出したのは昨年7月ごろからで、書店にはこれまで小説をほとんど読んでいなかった人たちが買い求めに来るようになりました。
そのきっかけは、この小説を読んだ一般の人がTikTokに投稿した動画でした。音楽に合わせて書影を映し、短い感想を載せただけのシンプルな動画に、「私も泣いた!」などといった共感コメントがどんどん寄せられるようになったのです。
ふだん小説や本をほとんど読まない人たちが、作品に興味を抱き、書店へ足を運ぶようになります。「本なんて面白くないと思っていた自分が読んで号泣した」。そんなコメントが寄せられているように、小説の面白さに目覚める人が増えていったのです。
「TikTokは最初の投稿を起点に、コメント欄が一種のコミュニティーとして盛り上がっていく傾向があります。さらにコメントの多い動画はおすすめコンテンツとして、より多くの人に配信されます。その結果、ユーザーの共感を集める動画は持続的に、どんどん注目されていくようになるんです。『桜のような僕の恋人』のブレークは、まさにそんなTiKTokの特性がうまく発揮されたケースだと思います」と、TikTokで「#本の紹介」キャンペーンなどを担当する運営チーム・石谷祐真さんは語ります。
興味がなかった分野との出会い、発見があるTikTok
この例でとくに注目すべきは、ふだん小説や本を読まない層が強い関心をもったことでしょう。実はここにも、TikTokというプラットフォームならではの特性が大きく影響しています。
「SNSは通常、友人や知人、自分が関心のある人物をフォローすることで、初めてその人が発信しているコンテンツを見ることができます。一般的な動画プラットフォームの場合、ユーザーは自分が見たいもの、興味があるものを検索して見るのが普通です。ところがTikTokでは、フォローしていない人のコンテンツも画面にどんどん流れてきます。それまでまったく接点のない人や、興味がなかった分野の動画を見る機会が多いんです」(石谷さん)
〝わざわざ自分からフォローしたり、検索したりはしなかったけど、たまたま動画を見たら面白くて興味をもつようになった〟〝普段は意識していなかったけど、実は自分はこういうものが好きだった〟
そんな新しい出会いと発見が多いのも、TikTokの特徴です。最長60秒の短い動画しか投稿できず、「時間がある時なんとなく見ている」という人が多いことも、その傾向に拍車をかけているのでしょう。
「情報を発信する側からすれば、他のSNSや動画プラットフォームではアプローチしにくい、無関心層にリーチしやすいプラットフォームだと思います。そのため最近では、潜在的な読者と本を結びつける手段として、出版社さんからも大変注目いただいています」(石谷さん)
一人の読者としての素直な感想に共感が集まる
自分が好きな本をTikTokで紹介する動画クリエイターも増えています。昨年から動画投稿を始め、すでに150冊近くの本を紹介している、けんごさんもその一人です。学生時代からミステリー系の小説が大好きだったけんごさんは、周囲に小説好きな人がいなかったそうです。そこでSNSを使い、小説好きな仲間をつくりたいと考えます。
「せっかくなら普段、あまり小説を読んでいない人に小説の良さを伝え、もっと小説好きな人を増やしたい。そう考えたとき、一番相性がいいのがTikTokだと思ったんです」と、けんごさんはTikTokで本の紹介を始めた理由を語ります。
そんなけんごさんの考えは的中しました。「小説って難しいイメージがあったけど、読んでみたらすごく面白くて、今は小説が大好きです」。そんなコメントも寄せられているように、けんごさんの投稿動画をきっかけに、小説を好きになる人が増えていったのです。ちなみにけんごさんは、動画で本のあらすじや内容を紹介することはほとんどしません。
「そのような情報は誰でも発信できるし、ネットで調べればすぐ出てきます。僕の動画では、自分がこの作品を読んでどう思ったのか、どんな気持ちになったのか。そんな自分の感情をきちんと伝えることを大切にしています」(けんごさん)
ユーザーからすれば、自分たちと同じ読者視点に立つ人の、素直な感想だからこそ共感できるのでしょう。けんごさん自身も、ユーザーからコメントなどですすめられた本を読み、新たな発見をすることが多いといいます。
「僕はもともとライト文芸や恋愛小説は読まなかったのですが、TikTokを始めてから読む本のジャンルの幅が広がりました。最近は出版社や著者さんから『おかげさまで売り上げが伸びました』なんて感謝の言葉をいただくこともあります。僕自身、TikTokの拡散の速さと影響力の大きさに驚いています」(けんごさん)
実は相性がいいTikTokと本のコラボに期待
若者の活字離れが進むなか、ふだん本を読まない若者にアプローチできるTikTokは、出版社にとって魅力的なプラットフォームです。でも実は〝若者向けのエンタメ系SNS〟といったイメージ自体、すでに過去のものになりつつあるようです。
「ユーザー、動画クリエイターともに、今は年齢層がとても幅広くなっています。コンテンツも単にダンスや歌を披露するだけでなく、料理や語学、不動産物件の紹介や行政による啓蒙活動など、幅広い用途で活用されるようになっています」(石谷さん)
老若男女を対象にした、硬軟含めたあらゆるジャンルとの出会い、最初の入り口となるプラットフォーム。そう考えれば、TikTokと書籍の相性がよくても不思議なことではありません。今後、出版業界や本とTikTokのコラボによって、どのようなムーブメントが生まれるのか。楽しみです。