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上白石萌音さん「いろいろ」インタビュー 今のありのままを形にしたエッセイ

上白石萌音さん=有村蓮撮影

自分を見つめて出てきた現在進行形の想い

──今回の著書は、萌音さんのブログ読者だった編集者の方からお誘いいただいたとお聞きしました。

 大変お恥ずかしいのですが、ブログを読んでくださっていたようです。その編集者さんが、私の大好きな伊坂幸太郎さんを担当されていて。それで、2019年に伊坂さんが『クジラアタマの王様』(NHK出版)を出された時にファン代表としてインタビューを受ける機会がありました。それがきっかけで「本をつくりましょう」とお誘いいただいて。幼い頃から本が大好きだったので夢のようだと思いつつも、同時に恐れ多い気持ちも湧いてきたのをおぼえています。

──ご執筆のテーマは身の回りにさまざまある中で、どんな話題を意識的に選ばれたのでしょうか?

 ラインナップは意識していなかったですね。「ありのままを記録してみてください」という担当編集者さんの言葉に背中を押されて書き始めたこともあって、その時に思いついたことを書いて、これは人様にお見せできる、できない……と取捨選択していったら、この50篇になりました。

──実際はもっと書いていた?

 倍くらいあった気がします。仕事の合間や移動時間、休日など余暇のほとんどを執筆に費やしていました。書いても途中でやめてしまって、完成にいたっていないものがほとんどですけど。絶望や闇が深すぎる暗い内容は、自主的に省きました(笑)

小さい頃に感じた死への恐怖は、忘れられない感情

──特に気に入っている一篇を挙げるとしたら、どちらになりますか?

 ひとつ大きいテーマに挑戦してみたくて、「生きる」というタイトルの一篇にまとめました。小さい時からずっと感じていたことや家族とのエピソードに始まり、コロナ禍で「命」に向き合う時間が増えた今感じている現在進行形の想いを残せたら、と思って。ゴールを決めることなくありのままを綴ったら、今の「リアル」が書けた気がしています。

 忘れもしない。メキシコに住んでいた時、あれはアカプルコという町からの帰りだっただろうか。家族旅行の帰りの車で、当時七歳だった妹が突然泣き出した。なんの前触れもなく、火がついたように。
 みんな驚いて「どうしたの」と聞くと、しゃくり上げながら「わたしはいつか死ぬの?」と言った。「お父さんもお母さんもお姉ちゃんもいつか死ぬの?」と。
 その姿を隣で見ていたわたしも、もらってしまって、「死にたくない。怖い。死なないで」と泣き出した。
(中略)
 あれくらいの歳の頃はこういうことがよくあった。「死」に対する恐怖に突然襲われることが。すごく幸せな時にそういう気持ちになることが多かったような気がする。大好きなこの人と二度と会えなくなってしまう日が来るということが、とんでもなく恐ろしかった。『いろいろ』収録「生きる」より

 あの経験、今でも強烈に覚えていて昨日のことのように思い出すんですよ。忘れられない感情って誰にでもありますけど、私にとってはこのエピソードがトップクラスに入ります。家族の中でもたまに話題に上がるくらい、「あの時は不思議だったなぁ」「死ぬのがすごく怖かったよね」って今でも話します。

──死を身近に感じて怖くなる瞬間が私にもあったな、と萌音さんのエッセイを読んで記憶のフタが開きました。小学生の時、授業を抜けてトイレに行った帰りの校内があまりに静かで「このまま私に何かあっても誰にも気づいてもらえないのでは」と妄想したら恐ろしくなって。

 すごくわかります! 死が急に降りかかってくるんですよね。私は今でも考えますよ。郵便物をポストに持っていく途中で「今ここで私に何かあって倒れていたら、どんな気づかれ方をするんだろう?」とか。コロナ禍で死が他人事でなくなっている今、このタイミングで命について考えを深め、書き残すことができてよかったと感じています。

感じたことを読み手を意識して言葉にした

──ご両親とも教職の経験があり「学び」が身近にあった萌音さんにとって、ご自分の想いを「形にする」ことにどのような意義を感じていますか? 学びには「アウトプットして初めて定着する」という考え方がありますよね。

 まさに、自分の中で噛み砕いて表に出していかないと本当の「学び」にはなりませんよね。いろいろ感じてはいたけど、言葉にして初めて「あ、こういうことだったんだ!」って気づくことができたり、一生ものの記憶になったりしたので。その瞬間、自分は何をどのように感じていたか。エッセイの執筆を通じて「形にする」ことの大切さを実感しました。

──その感触が結晶のように表れている一篇を挙げるとしたら?

 それこそ、祖父に教わったことを思い出しながら書き始めた「学ぶ」には、ひとつ決意表明みたいなところがありますね。父からも、大切にして欲しいこととして「一生学び続けること」を挙げられたことも残しました。人生のキーワードになるだろうな、と思って。

 よくよく考えてみると、歩き方も食べ方も歯の磨き方もドライヤーの使い方も、全部誰かから学んだことだ。物事の善し悪しも、周りの人たちを見て判断している。生きることは学ぶことで、日々は学びの結晶だ。
 「一生学びなさい」と父がよく話す。どんなに年を重ねても、不思議なことに対する違和感を大切に、子どものように柔らかく吸収しながら生きていきたい。『いろいろ』収録「学ぶ」より

──同じアウトプットでも、エッセイと日記では異なりました?

 まったく違いますね。そもそも日記は誰かに読ませるつもりで書かないじゃないですか。 自分の気持ちを書き殴ってスッキリする、デスノートみたいなところがあるので(笑)

──萌音さんのデスノートに何が書かれているか、気になってしまいました(爆笑)

 さすがに「殺したい」とかそういうものではありませんが、人様に読ませることはできません(苦笑)。一方で、エッセイはデスノート……もとい、日記を書く感覚を少しパブリックに開いていくというか、読み手を意識するって意味でまったく異なる行為でしたね。

──読み手を意識したことで、萌音さんにとって収穫はありましたか?

 「この表現で伝わるかな」と思いながらエッセイを執筆することは、お芝居と似ている気がしました。現場では「観客や視聴者の皆さんにどう見えるかな」って常に考えながら動くので。でも、それだけじゃダメなんですよね。劇世界に没入している自分も同時に存在させなきゃいけない。初挑戦の執筆でどうバランスを取るべきか、書くうちに少しずつ手応えを得られるようになった気がします。

──エッセイ以外にも、短篇小説「ほどける」でフィクションに挑戦されました。構想に4ヵ月をかけながらも、執筆は「3日」とお聞きして驚いています。あっという間に書かれたんですね!

 フィクションを書くことに対する気恥ずかしさもあって、頭の中でウジウジ考える時間が長かったですね。それに作家さんって憧れの職業だから、そう簡単に書き出すことができなくて。〆切3日前に書き始めたんですが、ダメだったらどうするつもりだったんでしょうね……我がことながら(苦笑)

──何からインスピレーションを得て、右目の涙が止まらない娘・左の口角が下がらない母のストーリーになったんでしょうか?

 自分が知っている感情や身近なものをモチーフに書きたいと思っていて。私、連作短篇集とか伏線回収のある小説が大好きなんです。バラバラの物語が最後につながって、ストンって終わるのが読んでいて楽しいなって。これを与えられた3000字でやってみようと考えました……本当におこがましいんですけど。お芝居する中で涙が止まらなくなったことも、反対にまったく泣けなくなってしまった経験もどちらもあるので、そこからヒントをもらってアイデアを膨らませていきましたね。

「読む」ことの楽しみ

──日ごろ親しんでいる読書と台本の読み方は異なりますか?

 初読はどちらもまったく一緒です。小説やエッセイを読むのと同じ感覚で台本もページを繰っていって、ストーリーを読みます。そこから台本の場合、次は自分が演じる役の視点で読んで……と何周も読み込んで。

 最初は黙読。小説のように読む。「初めから声に出したくなるけどそこは堪えなさい」と俳優の先輩に教わったことがある。音で先入観を植えつけないためなのかなと、続けていて思う。まず全体をフラットに捉えて、その上で自分がどういう声を出せばいいのか探るようにしている。
 二周目で自分のセリフにペンでマークをつけていく。わたしはいつも、演じる役の子が使っていそうな筆記用具を選ぶ。
(中略)
 そして連続ドラマの場合、次第にマークをつけなくなる。もらっては覚え、撮っては忘れ、の繰り返しのなかでマークどころではないのに加えて、印がなくても、自分や周りの方々の役名がそれぞれの色で見えるようになってくるのだ。これが、作品が身体に馴染んだ合図のような気がする。『いろいろ』収録「読み込む」より

──台本にマーキングすることはあっても、ドラマだと毎週分あって量が追いつかないから「自分の役にマークをつけなくなったら馴染んだ合図」とエッセイでおっしゃっています。台本以外に読む本が萌音さんに「馴染む」瞬間はどんな時でしょうか?

 しおりを挟み忘れても、パラパラめくって「あ、次はこのへんから読めばよさそうだな」ってわかった時に「あ、私この本にどっぷり浸かっているな」「大好きなんだな」って実感しますね。覚えているんですよね、文章を。「ここで涙腺ゆるんだから、そろそろだわ」って。しおりが要らなくなった瞬間に「馴染み」ますね。

──普段はどんな本を手に取って開くことが多いですか?

 ひとつの作品に入っている時は、自分の中に物語をもうひとつ抱えるのは難しくて。だから撮影中はエッセイやノンフィクションを読みますね。

──萌音さんのInstagramに「ほんだな」というアーカイブがありますが、小説やエッセイが多い気がしました。好きな作家さんとかエッセイストさんって?

 伊坂幸太郎さん、原田マハさん、さくらももこさん、くどうれいんさんが好きです。私、ハマってしまった作家さんの本をずっと読んでしまうタイプで。今はそういうモードです。

──今はどなたに夢中ですか?

 朝ドラ撮影時のおともは、さくらさんのエッセイでした。ちょうど母親を演じるということで、さくらさんが妊娠や出産について綴った『そういうふうにできている』(新潮社)から出産のエッセンスをいただこうかな、と。それで「やっぱりさくらさん大好き!」となって、前に読んだエッセイをもう一度“おかわり”しているところです。私だったら聞き逃してしまうようなささいな会話を糸口に、誰が読んでもおもしろいと感じるものを生み出す文才に惹かれます。

──原田マハさんはエッセイの中でも触れていましたよね?

 一緒に美術館へ行って、アートを楽しみました。すごいですよね、作家さんとお近づきになれるだなんて! 専属の学芸員さんが隣にいてくださるみたいで、最っっっ高の体験で幸せすぎました。

──原田さんの作品の魅力って?

 アートが好きって気持ちがすごく伝わってくること! それに加えて、取材力にも目を見張ります。もう会えないゴッホが目の前にいて、まるでマハさんが話をしてきたかのように彼のことを書き綴るんですよ! 事実をしっかり押さえながら、その奥にあるストーリーを巧みに展開して、偉人を身近に感じさせてくださる。実際に絵を鑑賞したくなって海外へ行きたくなったり、おいしいごはんを食べたくなったり。インスパイアされた読者が作品世界を追体験したくなるのが、マハさんの作品が持つ力なのかなって思います。

ワンピース 39,600円(nooy tel: 03-6231-0933)、イヤリング 3,960円(Matilda rose)、その他スタイリスト私物。スタイリスト:嶋岡隆、北村梓(Office Shimarl) ヘアメイク:冨永朋子(アルール)

──ちなみに、萌音さんはいつから本に魅了されるようになったんでしょうか?

 小学校低学年から大好きでした! 学校の図書館は普段5冊まで借りられるんですけど、本を入れて持ち帰る図書バッグをぱんぱんにして帰っていたくらい。メキシコで暮らしていた時は図書室に日本の本がいっぱいあるのが嬉しくて、端から順番に読んでいきました。今も昔も、私の余暇を埋め続けてくれる大切な存在です。

──そこまで夢中になれる読書の魅力って何だと感じていますか?

 すごいと思うんです、知っている文字が並んでいるだけなのに行ったことのない世界に連れて行ってもらえるし、考えもしなかったようなことを知ることができる。本を開けば宇宙にだって行けるし、殺人鬼の気持ちと大切な人を失うツラさの両方がわかる。ページをめくるだけで人生が何倍も豊かになるのって、これほどプライスレスでコスパのいい経験ってないんじゃないですかね? すごく楽しいので、これからもいろいろな本を読んでいきたいですね。