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「畏れ入谷の彼女の柘榴」書評 不可解に対峙 徹底的に言葉で

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年12月04日
畏れ入谷の彼女の柘榴 著者:舞城 王太郎 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065251478
発売⽇: 2021/10/20
サイズ: 19cm/215p

「畏れ入谷の彼女の柘榴」 [著]舞城王太郎

 奇妙な短編集だ。「畏(おそ)れ入谷の彼女の柘榴(ざくろ)」では、指から光が出る息子と妻の不可解な妊娠が描かれ、「裏山の凄(すご)い猿」では悪いカニと人語を喋(しゃべ)る凄い猿が現れ、「うちの玄関に座るため息」では人の形をした誰かの心残りが訪れる家に生まれた三きょうだいが上京後悩みに悩む。
 とんでもない設定ではあるが、その絶妙なバランスと一つ一つが斬新なエピソード、そして登場人物たちの会話とモノローグの超越的なリアルさによって、ズブズブとビーズクッションに埋もれるような滑らかさで、読者はとんでもない物語に没入していく。
 「うちの玄関に座るため息」では、長兄とその恋人の関係を巡る三きょうだいの会話が圧巻だ。人の形をした心残り、通称「お残りさん」の家に生まれた彼らが後悔なく生きようと考えていることに起因する、長兄と恋人の間に起こる諍(いさか)いは、通常「人それぞれ」で片付けられてもおかしくないが、三人はああでもないこうでもないと話し合い、自問自答を続ける。周辺から掘り進め大切なものに触れよう、触れられなくとも近づこうとする三人の姿は、禅問答に似た崇高ささえ感じさせる。奇抜な設定よりも、生と他者という厄介なものと徹底的に言葉で対峙(たいじ)する主人公の、そして著者の覚悟の方がず抜けていることに気付かされるのだ。
 考えてみれば、私たちが置かれている世界だって不可解極まりなく、なんでそんな設定? と不思議なこと納得のいかないことは科学的にも社会的にも山ほどある。どんな不可解な世界に産み落とされたとしても、人はそのルールの中で悩み迷い、答えを探り続け、答えに辿(たど)り着けない不安と共に生きていかなければならない。本書は、そんな不安定なまま生きる私たちを支えるのが、己の中に根付いた小さな良心や、好きであれ嫌いであれ、自然に他人の幸せを願ってしまう灯火のような温かさであるのだと教えてくれる。
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まいじょう・おうたろう 1973年生まれ。作家。『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞。漫画原案なども手がける。