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「僕はメイクしてみることにした」糸井のぞさんインタビュー メンズメイクをきっかけに心と体が解放される

周りがどう思うかではなく、自分がどう思うか

――男性とメイクを描き、大反響でした。この反応は予想されていましたか。

 企画をいただいた時から今求められてるテーマじゃないかなと思っていましたが、Twitterでバズったときには驚きました。そもそも「メンズメイクとセルフケア」というテーマは、描きたいけれどどう描いたらいいかがわからなくてずっと温めていたテーマに近かったんです。

――温めていたテーマはどのようなものだったんですか?

 うーん。昔からあった男女のバランスとか役割について漠然となんでだろうっていう疑問は積み重なっていて。フェミニズムだと思うんですけど、これまで女としていやだなあってことは沢山あったし、逆に得してたかもと思ったこともある。そういう感情や経験を私が描くとしたらどんなマンガになるんだろう、と。他の方の作品を読んで「そう、これこれ。わかる」って思ったりしながらも、自分が表現するとなるとしっくりくる言葉が見つからない。この企画をいただいた時に、もしかしたら女性より男性の視点で描いた方が、いろんな人がいることを描きたい私の今の気持ちにフィットするんじゃないかと気がつきました。

――鎌塚亮さんの「メンズメイク入門の入門」というnoteの投稿が話題を呼び、「VOCE」のウェブサイトで連載が始まりました。それらのエッセイをもとにフィクションとして『僕はメイクしてみることにした』は創作されたわけですが、糸井さんは鎌塚さんの文章をどのように読まれましたか。

 メンズメイクとうたってはいるものの、鎌塚さんはずっと自分との向き合いを書かれているんですよね。実際にメイクをしてみてどうだったか。それを使うことによってどういう風に世界が広がったか。男性全般の話ではなくて、すべて「自分はこう思う」と個人的な書き方で展開されている。そこが好きでこの気持ちわかるなあって素直に思いました。鎌塚さんと一朗は30代後半のサラリーマンというところだけが同じで、あとはまったく違うキャラクター。鎌塚さんと同じ経験をしても一朗は同じようには成長してくれないんですよ。だけどやっぱり読後感はエッセイと一緒にしたかったから、苦労しました。 

――鎌塚さんのエッセイではメイクをしながら自分の中にもある「男らしさの抑圧」を発見していくところがとてもおもしろかったのですが、一朗もメイクを通してどんどん枷(かせ)が外れて自由になっていく。清々しいキャラクターでした。

 そこが一番描きたかった部分です。周りがどう思うかという視点はここでは少し置いといて、自分を解放することで見えてくる世界を可視化できたらなと思いました。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

「今夜はいつもよりちょっと丁寧に顔を洗ってみる」

――一朗は38歳。いわゆる「中年」の男性の挑戦としてメンズメイクが描かれたことも新鮮でした。メンズメイクが若者の文化として描かれているわけではないからこそ、より身近に感じるというか。

 企画をいただいた時に38歳のサラリーマンの男性が主人公っていうのは決まってたんです。30代後半はもう若くはないと気づき始める年齢かもって私自身がリアルに感じていたこともあって、この設定はいいなと思いました。若くはないことを受け入れるって簡単なようで難しい。今の男性は昔よりも自分の微妙な変化を無視できなくなってるんじゃないかと思うこともあって、若者でも完全に年老いているわけでもない、ある意味中途半端な年齢の人たちがどうやって自分のちょっとした変化に向き合うかに興味がありました。

――メイクといっても、たとえば洗顔を丁寧にするとか、保湿するとか、日焼け止めを塗るとか。取り入れやすい提案がたくさん描かれています。

 誰にでもできることを描きたかったんです。コスメを買ったりするのもすごく楽しいけど、私個人としては特定の商品を使って欲しい訳ではなく、夜、家でマンガを読み終わった時に、ちょっとやってみるかーってくらいのことが描けたらいいなって。そして年齢や性別に関係なくできること。「まずは今夜いつもよりちょっと丁寧に顔を洗ってみるのはどうでしょうか」っていう一朗のセリフを思いついた時に、自分でも「ああ、このマンガはこういう話だったんだな」とストンと腑に落ちました。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

――メイクって見た目を変化させるだけのものじゃないんですよね。

 そうなんです。表現上のテクニックとしても、一朗がイケメンになっていかないように気をつけていました。

――イケメンにならないように、というのは?

 この作品では見た目じゃなくて、心の変化を描こうと。顔がかっこよくなった表現もしないし、メイクした一朗を見て誰かが「あの人かっこいい」って言ったりするシーンも一切入れませんでした。一朗がぱっとした表情を浮かべるシーンはたくさん描いたと思うんですけど、心の変化がひとめでわかるように過剰な位ほわほわっとさせて。見た目が変わらないのにメイクする意味あるのかなって思われないか不安になったりもしたんですけど……。一朗は美容を知って、自分を知ったんですよね。自分の肌とかパーツを知って、周りの女性たちのプレッシャーとか自分以外の男性の苦しさも知って。それってとても価値のあることだと思うんです。この経験はいつか一朗がメイクに飽きてやめたとしても残る。多分それがこのマンガのもう一つ大事なところだったりします。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

メイク好きな人、メイクしない人、メンズメイクを受け入れられなかった人

――今のお話にも出てきましたが、女性だとメイクしなきゃいけないというプレッシャーがある場合もありますよね。このマンガではノーメイク派の企画部の真栄田さんを通してそうしたエピソードも語られています。

 メイクの話を描くなら「楽しそうなことでも強制されたら負担になる」ってエピソードはマストだと思っていました。好きな人はたくさんメイクすればいいけど、私はメイクしない時もある。お化粧めんどくさいっていう感覚は私にとっては普通のことだから。このエピソードは共感してくださる方が多くて嬉しかったですね。一朗くんとタマちゃん、企画部の真栄田さん、そして一朗の男友達の長谷部。この4人は38歳のサラリーマンという設定の次にすぐに思い浮かんでいたキャラクターでした。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

――タマちゃんは偶然知り合った一朗にメイクを教えてくれる師匠です。あとがきでは「タマちゃん大好き」って書かれてましたね。

 鎌塚さんのエッセイを読んだときの気分にたどり着くには、私の中でタマちゃんが必要でした。タマちゃんは集中力が高い。好きなものに対して情熱がありますよね。憧れます。私自身は一朗に近くて途中で飽きちゃうほうなんですよ(笑)。

――飽きることもありますよね。印象的だったのは長谷部です。一朗の背中を押してくれる友である一方で、どこか下に見ている節もある。男らしさの規範に縛られている人物でもあります。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

 まさにそうですね。わりとよくいるタイプの人だと思うんですが、こういう人は時に自分自身も周りも苦しめることがあります。長谷部を楽にするにはどういう救いが必要なのか、すごく考えました。彼が楽になれば、周りもきっと少しは楽になるから。でも私にも長谷部みたいな部分はあります。心に余裕がない時に人にぶつけてしまって後ですごく後悔したりとか。長谷部を通して有害な男らしさを描いてもいるんですけど、それだけじゃない。私もそういうことあるよっていう気持ちを込めたつもりです。

――だから長谷部も憎めないキャラクターになっているんですね。メンズメイクを「無意味」と切り捨てて一朗とケンカになるシーンでは「(お前は)楽しいとか嬉しいとか苦しいとか『お気持ち』ばっか」という長谷部が放った侮蔑の言葉が刺さりました。裏を返すと男性が縛られている社会規範とか抑圧が見えてくるシーンです。

 きついシーンでしたね。気持ちって軽く見やすいんだと思うんですよ。でもこの考え方だと、自分の気持ちも軽くしか扱えなくなる。何か行動する時の原点を気持ちって言わないで、他になんの理由があるんだって私は言いたい。ただこの時は長谷部もいろいろとうまくいかない状況があって思わず出ちゃった言葉でもあるんですよね。長谷部は悪人じゃない。いろんな面をもった一人の人間として描いたつもりです。

セルフケアって言葉が圧にならないでほしい

――問題提起とともにいろいろなあり方が肯定されているから、この作品はほっとする読後感なんだなと感じました。

 そうなっているといいんですけど(笑)。今は私、あまりメイクをしないんですが、以前はメイクに助けられたり嬉しかったり強くなれたりしたことが本当に何度もあって。メイクのポジティブなパワーを自分でも知っていたから、安心してメイクマンガを描けました。このマンガでは極力モテとかの表現は入れないようにしていて。自分のためのメイクの力を描いたつもりです。

©糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

――まさにセルフケアですね。

 ああ、でもこのマンガを描きながら、セルフケアって言葉自体が圧にならないでほしいとすごく思っていました。言葉ってなんでも、その言葉にハマる人が多ければ多いほど一人歩きをして急に圧になってしまう。マンガを読んでいたければ私が伝えたいことはきっとわかっていただけるんじゃないかと思うんですけど、言葉は一度外に出るとそういうこととは関係なく広がってしまう。例えば「男もメイクしなきゃいけないのかよ」とか「私セルフケアもしなきゃ」みたいな圧にならなければいいなと心から思います。こんな世相の中、片付けとかでもそうなんですけど、完璧にできなくても机の上ちょっときれいにするとかだけでも救いになることがある。できるときに好きな部分だけちょっと、っていうのでも全然いいと思うんですよ。少なくとも今の私にはそれくらいがちょうどいい。

――タイトルの「メイクしてみることにした」も、まさにそういう距離感なんでしょうね。メイクします、でも、メイクしよう、でもなく。

 そうそう。このタイトルは鎌塚さんがあげてくださった候補案から選ばせてもらったんですが、ちょうどいいですよね。メイクしてみることにしたけどやっぱりやめた、でもいいし。そのくらいの距離感でメイクもセルフケアも楽しめるといいなって思います。