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「石を黙らせて」書評 過去の罪に襲われ 良心が叫ぶ

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年04月02日
石を黙らせて 著者:李 龍徳 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065266793
発売⽇: 2022/01/26
サイズ: 20cm/156p

「石を黙らせて」 [著]李龍徳

 主人公は高校生の頃、三人の友達と共に女性を犯したレイプ犯だ。時効を迎えてはいるものの、交際相手との結婚を目前に控え、唐突にその事実を思い出し耐えられなくなっていく。「なんでおれはそのとき、そんなことできたのか」、主人公は不思議でならない。
 全てを告白し恋人に捨てられた主人公は、実名でブログに詳細をアップし、被害者に謝罪したいと考えていると吐露し、共犯者であった幼馴染(おさななじみ)に突き放され、家族にも見捨てられる。
 有名人が数十年前に犯した性犯罪が告発されるようになった現代に、この小説が書かれたことには大きな意味があるだろう。レイプは今も昔も犯罪で、被害者の傷の深さも変わらない、しかし人々の意識が変化した。多くの被害者を礎にして、それでもまだまだ足りないが、今ようやくここに至っている。忘れていた過去の罪が加害者の中で肥大し、罪責の念に苦しむ人が少しでも増えているのだとしたら、それは少しずつ時代が個人の浅はかさ、愚かさを凌駕(りょうが)し始めているということであり、過去の罪がいずれ自分に襲いかかるという想像力は、犯罪の抑止力にもなり得るだろう。
 タイトルに使われている「石」とは、新約聖書に於(お)けるエルサレムの石だ。人々が抑圧により黙ったとしても、石が叫び出すだろう、とイエスは言った。主人公は、自分は死後も石の塔に閉じ込められ、石たちに語りかけられるだろうと考える。石とは己の中に積み重ねられる良心や気づきのようなもので、一度手に入れてしまえば二度と捨てることはできないのだ。
 仕事を辞め酒浸りになり堕落してもなお考え続ける主人公を冷ややかな目で見つめながら、許したい気持ちと、許したくない気持ち、両方が入り交じっていくのを抑えられなかった。本書は一つの重い石を読者の中に落としていくような、そんな本だった。世界が滅亡したとしても、石は叫び続けるだろう。
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イ・ヨンドク 1976年生まれ。作家。2014年デビュー。『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』で野間文芸新人賞。