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夢野久作の本質にふれる 奇書「ドグラ・マグラ」を深く理解するための3冊

道案内になる猟奇ミステリー短編集「人間腸詰」

『人間腸詰』(角川文庫)は夢野久作後期の8編を収めた短編集。以前角川文庫から刊行されていた本を改版し、新たな解説を付け加えたものだ。いずれも1930年代に発表された作品だけに、『ドグラ・マグラ』と共通するモチーフや手法が用いられているのが興味深い。

 たとえば表題作の「人間腸詰」は明治末期、セントルイスの万国博覧会で働くためアメリカに渡った大工・治吉が、恐ろしい猟奇事件に巻き込まれるというミステリー。

「その臼は、もちろん底抜けなんで、その底の抜けた穴の上にステキに大きな肉挽機械のギザギザの渦巻きが、狼の歯みたいに銀色に光りながらグラグラと廻転しているのですから、落っこちたら最後何もかもおしまいでさあ」――といった調子のエネルギッシュな一人称で描かれるエロティシズムとグロテスクは、まさに久作の真骨頂。罪なき主人公が想像を絶する陰謀に巻き込まれていくというストーリーも、医学実験を扱った『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせる。

「S岬西洋婦人絞殺事件」は外国人女性が暴行を受けた後に殺害され、その夫が拳銃自殺を遂げたという事件を、法医学的見地から解き明かしていく物語。夫婦が刺青を入れていたのはなぜか? 変態心理、夢中遊行(夢遊病)などの怪しいモチーフを満載しており、これまた『ドグラ・マグラ』の猟奇世界に直結する作品だ。家族をなくした男がじわじわと狂気に陥っていく「木魂」、輪廻転生の神秘を扱った「髪切虫」、トリッキーな語りの技巧が炸裂する「悪魔祈禱書」などにも、久作独自の世界観・小説観が表れている。

 難解をもって知られる『ドグラ・マグラ』だが、だからこそ謎解きに挑む楽しさもある。これらの作品群は、迷宮を探検する際のよき道案内となってくれるはずだ。

ミステリーの裏通りを徹底ガイドする「怪異猟奇ミステリー全史」

 風間賢二『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮社)は、18世紀から現代までミステリーの歴史をたどった文学ガイドだ。といってもこの本が取り上げるのは〈怪異猟奇〉的なミステリーのみ。松本清張も東野圭吾も登場しない代わりに、オカルトやエロ・グロ・ナンセンス、怪奇幻想を描いた個性的なミステリーが数多く紹介されている。

 前半では18世紀英国のゴシック・ロマンスから19世紀末の名探偵ホームズへといたる海外ミステリーの流れを、後半では黒岩涙香、江戸川乱歩、そして現代の綾辻行人、京極夏彦へと続く日本ミステリー文学史を解説。博覧強記の作者だけに、話題は文学のみならず各時代の美術、映画、医学などにもおよび、その広い視野が知られざる闇の文化史を鮮やかに浮かび上がらせていく。おもちゃ箱をひっくり返したような、贅沢にして刺激的な一冊だ。

 もちろん夢野久作と『ドグラ・マグラ』にも言及がある。先端科学と奇想、都市文明と土俗性が渾然一体となった久作文学はどこから生まれたのか。本書はその謎に迫るヒントを与えてくれる。

夢野久作も愛した残酷作家ルヴェルの短編集「地獄の門」

『地獄の門』(中川潤編訳、白水社)は20世紀初頭から1920年代にかけて活躍したフランスの作家、モーリス・ルヴェルの短編集。今日では知る人ぞ知る、といったポジションの作者だが、わが国では大正から昭和初期にかけて数多く翻訳され、人気を博したという。夢野久作もその短編に魅せられた一人であった。

 残酷物語集(コント・クリュエル)とも評されるルヴェルの作品では、日常に潜む恐怖や残酷行為や異常心理が常に主題となる。ギロチンのように落ちてきた鎧戸で腕を切断された男(「狂人」)、自説を証明するために回復しつつある患者を解剖した医学生(「消えた男」)、大金を拾ったせいで飢えに苦しむことになった浮浪者(「街道にて」)……。

 全36編、およそ考えつくかぎりの残酷な運命が、力強く説得力のあるストーリーとともに描かれていく。目を覆いたくなるほどショッキングなのに、どこか詩情とユーモアを感じさせるのもルヴェルの持ち味。猟奇美の表現者であった久作が賞賛したのも納得である。

 ちなみに本書は、第一短編集『地獄の門』所収の13編に、未収録作を加えた日本オリジナルの作品集。長年こつこつとルヴェル研究に取り組んでいる訳者の中川潤氏には、敬意を表したい。

 発表から90年近く経った今日でも、ミステリーファンを魅了し続ける『ドグラ・マグラ』。この記事を読んで興味を抱いた方は、ぜひ手を伸ばしていただきたい。そして終わりなき謎解きに挑んでみてほしい。