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下村敦史さんに冒険の魅力を伝えた『海底二万マイル』

ポプラポケット文庫の『海底二万マイル』

 僕は幼稚園の小さなクラスで一番早く平仮名が読めるようになったようで、友達に絵本を読んであげるような子供でした。

 小学校低学年のころは、母が寝る前に布団で「世界昔話」や「日本昔話」を読んでくれ、物語世界を楽しんでいました。図書館で借りてきた児童向けのミステリーも楽しんだ記憶があります。

 そんな僕の思い出の本は、ジュール・ヴェルヌの『海底二万マイル』です。両親と一緒に寝ていた寝室の小さな本棚にあり、興味本位で手に取ったのだと思います。当時は作家の名前など分からず、ただ潜水艦――あるいは深海のサメかクジラだったでしょうか――のイラストにロマンを感じ、惹かれたのです。

 『海底二万マイル』は数多くの翻訳作品が出版されており、僕が当時読んだ本がどれだったのか、今となっては定かではないですが、児童向けの作品だったと思います。

 船の船体に風穴が開けられて沈められる海難事故が多発しており、その真相を海洋学者が調査する――というのが物語の起点です。“犯人として推測された“一角クジラ”という幻獣じみた海洋生物の存在は、子供心に想像が膨らみ、ワクワクしました。

 しかし、“犯人”は海洋生物などではなく――。 “一角クジラ”の正体が攻撃用の潜水艦だと判明したときの驚きと興奮と言ったら!  潜水艦の「ノーチラス号」という名前にも胸が躍り、記憶に焼きついています。 『海底二万マイル』は全編ロマンに満ちあふれた海洋冒険小説です。何度読み返したでしょう。

 僕はそのころから冒険に憧れるようになりました。行ってみたい場所に鉛筆で印をつけた世界地図を枕の下に入れて寝れば、その場所の夢を見ることができる――というおまじないのような話を耳にしたときは、しばらく実践していました。実際に期待した場所が夢に登場することはほとんどなく、残念がっていたことを覚えています。僕が印をつけたのは無人島のような、大海原にぽつんと存在する島ばかりでした。そんな秘境じみた場所を夢の中で思う存分冒険してみたかったのです。

 成人して、冒険小説作家のクライブ・カッスラーや、カッスラーの小説をゲームでリアルに再現したかのような「アンチャーテッド」シリーズ――“プレイする映画”のキャッチコピーどおり、海洋や砂漠、密林など、実写と見まがうばかりの映像美が魅力――に魅了されたのも、僕の心の奥に『海底二万マイル』があったからだと思います。

 作家としてデビューしてからも、子供心に抱いた冒険ロマンは僕の中に息づいており、『生還者』『失踪者』(講談社)では極寒の雪山を、『サハラの薔薇』(角川書店)では対照的に灼熱の砂漠を舞台に物語を描きました。

 最新刊の『ロスト・スピーシーズ』(角川書店)の舞台は、ブラジルのアマゾン――広大な熱帯雨林です。がんの特効薬の源になる“奇跡の百合(ミラクルリリー)”を探すために組織された多国籍の集団が、密林の奥深くへ踏み入り、裏切りや陰謀が渦巻く冒険を繰り広げる王道の冒険小説です。

 僕が幼いころに『海底二万マイル』の冒険に魅了されたように、『ロスト・スピーシーズ』の冒険が読者の心に残る作品になってほしいと願っています。