1. HOME
  2. 書評
  3. 「COVID-19の倫理学」書評 コロナ対策で考える自由と公平

「COVID-19の倫理学」書評 コロナ対策で考える自由と公平

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月01日
COVID−19の倫理学 パンデミック以後の公衆衛生 (京都大学「立ち止まって、考える」連続講義シリーズ) 著者:児玉 聡 出版社:ナカニシヤ出版 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784779516818
発売⽇: 2022/07/31
サイズ: 19cm/243p

「COVID-19の倫理学」 [著]児玉聡

 ELSI(エルシー)という言葉を目にする機会が増えた。直訳すれば、「倫理的・法的・社会的課題」だ。ヒトゲノム計画、再生医療や人工知能の研究を考えてみると分かりやすい。これらの研究は、私たちの社会に影響を及ぼして様々な課題をもたらす。例えば、私たちの遺伝情報は、どのように保護されるべきなのか。重要なのは、当の生命科学や自然科学だけでは、こうした社会的な課題に答えを与えられるわけではない点だ。ここでは社会科学や人文学にも果たすべき役割がある。
 同じように、新型コロナウイルス感染症対策についても、「倫理的・法的・社会的課題」を問うことができる。本書はこの学際的な問いに、倫理学の見地から取り組む。2020年・21年に行われた一般向けのオンライン講義の記録だ。
 中心的に問われるテーマは、自由と公平だ。
 休業要請や外出制限のように、感染症対策では、私たちの自由が制限される。自由主義社会の根幹に関わる大問題だ。自由の制約は、どんな場合に、どこまで正当化できるか。なるほど、「全体の利益のため」が根拠となりそうだが、それだけではどこまで制約されるか曖昧(あいまい)だ。本書は、必要最低限の制約か、補償はあるか、政策決定は透明か、などさらなる検討が必要であることを丁寧に示す。
 医療資源の配分では公平が問われる。1人10万円の一律給付は平等に思われるが、公平だろうか。必要に応じた配分だったか。各世帯2枚のマスク配布についてはどうか。著者は講義中にこんなウェブアンケートを実施して、受講者を思索へ誘った。狙いは本書でもうまく再現されている。
 こういった「そもそも論」は抽象的に語られることも多いが、この本は、専門用語をほとんど使わない。かつて、サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』に途中で挫(くじ)けた人に、ぜひ挑んでほしい一冊だ。読破した次は、広瀬巌『パンデミックの倫理学』がよい。
    ◇
こだま・さとし 1974年生まれ。京都大教授(倫理学)。著書に『実践・倫理学』、共著に『正義論』など。