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大濱普美子さん「陽だまりの果て」で泉鏡花賞 「人間の記憶は、ぐるぐる変わっていく」

『陽だまりの果て』で泉鏡花文学賞を受けた大濱普美子さん

 仏文学者の父親のもと、本に囲まれて育った大濱さんが小説を書き始めたのは40年ほど前。1995年にドイツに移住してからも、語学学校の日本語教師の傍ら執筆を続けた。2009年、「三田文学」誌に短編「猫の木のある庭」が掲載、13年、同作を収めた短編集『たけこのぞう』で作家デビューに至った。

 「小説は自分にとって書かざるを得ない心理療法のようなもの。書いていると悪夢を見なくなるんです」

 表題作は介護施設で暮らす老人が主人公。廊下の奥の陽だまりを見るたび、家族や懐かしい人々とのやりとりが喚起される。うすぼんやりした老人の記憶のイメージが繰り返し現れ、読者をほどよく酩酊(めいてい)に誘う。

 他にも、万引き騒動に端を発した老女2人のどこかコミカルな交歓を描いた「骨の行方」や、ロボット犬をめぐる家族の物語「バイオ・ロボ犬」など、生と死、現世と異界を往還するかのような作品が並ぶ。

 最古の和歌とされる「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」が昔から好きだった。「人間の記憶は決して固定的ではなく、ぐるぐると変わっていく。自分の経験がいったん体に取り込まれて、記憶として浮かんでくる。そのイメージから小説を書き始めています。日本語を教えているせいか、正しい日本語で人とは違うものを書きたい。そう心がけながら」(野波健祐)

泉鏡花文学賞50年、選考委員がシンポ

 今年で50回目を迎えた泉鏡花文学賞。「円熟期に入った」(選考委員の五木寛之さん)という文学賞をめぐって、選考に携わってきた村松友視、嵐山光三郎、山田詠美の3氏が先月23日、金沢市で開かれたシンポジウムで語り合った。

 村松さんは、27回受賞者の吉田知子さんが「立派な作品というより妖しい作品と評価される、それがうれしい」と言っていたと紹介。「芥川賞直木賞とは違う色合いのものを選ぼうと心がけている」と話した。山田さんは「鏡花賞は50年、ものすごい時間と手間とお金がかかっている。文化はぜいたくな無駄が作るもの。ぜいたくな無駄にどれほど自分の人生をかけているか、そう感じさせる作品を選んでいきたい」。

 今回で選考委員を退任する金井美恵子さんは腰痛のため欠席したが、講演原稿を読み上げた録音を会場に届けた。「芥川賞直木賞は受賞者が耽溺(たんでき)するように芥川全集や直木三十五を読んでいるとは誰も考えない。鏡花賞の一番の魅力は受賞作家の多くが鏡花作品を愛していること」。選考基準は「この小説を鏡花が好きかどうか」だったという。

 今年の受賞作は金井さんの推薦で「鏡花が選考していたら間違いなく推していた」。23回に及ぶ選考を「楽しい読書経験を与えてくれた」と締めくくった。(中村真理子)=朝日新聞2022年11月9日掲載