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「世界を騙した女詐欺師たち」書評 人間らしさ突き忌々しくも痛快

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月08日
世界を騙した女詐欺師たち 著者: 出版社:原書房 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784562072545
発売⽇: 2023/02/01
サイズ: 19cm/363p

「世界を騙した女詐欺師たち」 [著]トリ・テルファー

 人はなぜ、騙されるのか。善良な者に罠(わな)を仕掛ける詐欺師がいるためと言えばそれまでだが、その噓(うそ)をすっかり信じ、財布の紐(ひも)を自ら緩めてしまうのは何故だ。
 遠くは約250年前、あのマリー・アントワネットも巻き込まれた「首飾り事件」から、近くは2018年、カリフォルニアで発生した史上最大の山火事を利用したボランティア詐欺まで。本書に登場する女詐欺師の生き様は実に多様だ。
 たとえば19世紀末から20世紀にかけてアメリカに生きたキャシー・チャドウィックは、ある大富豪の隠し子を自称し、その噓一つを頼りに銀行家や実業家から数百万ドルの大金を巻き上げた。彼女のお決まりの手口は、己を裕福に見せ、この女性は確かに富豪一族にふさわしい財産の持ち主だと信じさせること。彼女は上流階級だとの思い込みが、人々の目を晦(くら)ませた。
 一方、前世紀初頭の欧米には、革命の犠牲となったロシア皇帝ニコライ二世の四女アナスタシアを名乗る女性が複数出現した。ロシア語が下手で、生前のアナスタシアを知る者から似ていないと批判されてもなお、彼女たちは皇女として振る舞い、支援者はその生活を支えた。
 「誰が陰惨で単純な話を聞きたいと思うだろう?」と著者は問う。ニコライ一家の悲惨な死から目を背け、17歳の皇女の生存を信じたいという悲劇に対する人間らしい反応が、彼女たちの噓を守り通した、と。
 そう、つまり女詐欺師の活躍は、騙される大衆の姿と合わせ鏡だ。富豪の隠し子を、悲劇の皇女を――桁外れの能力を持つ霊媒師や9・11事件の生存者を我々は信じずにはいられない。なぜなら人は他人を信用する存在であり、社会はそんな数え切れぬ信頼の上に成り立っているのだから。
 本書を読みながら、読者は必ずや作中に己の影を探してしまうに違いない。痛快で忌々(いまいま)しい彼女たちを通じ、人間の善良さと愚かさの本質に迫る一冊である。
    ◇
Tori Telfer 児童書の編集や教職を経て作家に。米各誌にも寄稿してきた。ニューヨーク在住。