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「黄色い家」書評 犯罪を描くも突き抜ける爽快感

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月06日
黄色い家 SISTERS IN YELLOW 著者:川上未映子 出版社:中央公論新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784120056284
発売⽇: 2023/02/20
サイズ: 20cm/601p

「黄色い家」 [著]川上未映子

 陰惨な話だよ、という声が聞こえてきた。なるほど帯に「人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか」とある。だが、読み終えたあと突き抜けるような爽快感があった。これは悲喜劇だ、それもとびきりの。確かに酷(ひど)いことはたくさん起こる。主人公は犯罪に手を染めるし、仲間割れや流血もある。けれども誰かが殺されるわけではない。登場人物は誰もが軽佻(けいちょう)浮薄で、その言動にはつい笑わされてしまう。
 加えて名前。主人公は「花」で、親友は「蘭(らん)」。そこに「桃子」が加わる。皆、どこかで花にちなむ。花の保護者のような女性は「黄美子」で、書名もそこに由来しそうだが、「黄」の「美」といえばやはり花を想(おも)ってしまう。これらの花々がもたらす色彩感が、ともに暮らす「家」のなかで渾然(こんぜん)一体となり、色彩を持たない外部の現実から彼女たちを守っている。蘭の花も桃の花も黄色い花も花は花だから、行きがかり上「花」の傘下におかれることはあるが、それにしても花の話だ。
 さらに脇役の商品たちが拍車をかける。イルカが主役のラッセンの絵、ひとくちアイスのピノ、化学雑巾のサッサ。それで思い出したが、画家のラッセンは金髪で、ピノはイタリア語の松ぼっくり(花の果実?)からきており、サッサはKINCHO(金鳥)の製品で色も黄色だ。そこから思い浮かぶのは金と黄色、つまり黄金だ。本作は「金」と「黄色い家」の話だが、それなら両者を繫(つな)ぐのは「黄金」しかない。本書に潜伏するタイトルが「花と黄金」なら陰惨になりようがない。そして花とも黄色い家とも離れて暮らす「琴美」だけが無残な死を遂げる。
 そうだ、大事な登場人物を忘れていた。花の母親だ。名前は「愛」、つまり「花の母は愛」ということになる。花の母は愛――どういう意味だろう? まして「花と黄金」ではなく「愛と黄金」なのだとしたら? 読了後、僕はずっとそのことを考えている。
    ◇
かわかみ・みえこ 1976年生まれ。『乳と卵』で芥川賞、『ヘヴン』の翻訳版で国際ブッカー賞候補など。