ISBN: 9784041132166
発売⽇: 2023/06/30
サイズ: 20cm/483p
「この夏の星を見る」 [著]辻村深月
物語の始まりは二〇二〇年春。新型コロナウイルスが世界的に流行し、感染予防のため日本の小中、高校では全国一斉休校の処置が取られた。
進学や進級はしているはず。でも学校に行っていないから実感がない。三月と四月がそうして消えた五月。茨城の県立高校二年生になった亜紗(あさ)は、友人たちの部活やコンクールが中止になったこともあり「いつも通り」ではない現実に憂えていた。
一方、東京の都心部に住む真宙(まひろ)は、入学した区立中学で、新入生二十七人のうち、男子生徒が自分だけであることに絶望し、長崎県の五島列島に暮らす高三の円華(まどか)は、両親が営む旅館で県外からの客を受け入れていることから友人に距離を置かれ、胸を痛めていた――。
十代の抱える苦悩や屈託を描くことには定評のある辻村深月の新刊は、まだ「コロナ禍」と呼ばれてほどない、よく分からないということしか分からなかった約一年間を追っていく。
環境も年齢も抱えている鬱屈(うっくつ)も異なる三人は、やがて亜紗の所属する天文部が毎年夏の合宿で行っている「スターキャッチコンテスト」をきっかけに、オンラインで繫(つな)がる。望遠鏡をチームで自作し、出題された星を見付ける速さを競うコンテストを茨城、東京、長崎で成功させるまでの過程も読ませるが、それぞれの仲間を含めた関係性が次第に確かで心強いものへと変わり、さらにその先へと続いていくのが白眉(はくび)である。
中高生三人の視点で描かれる「あの頃」は、やるせないほど不自由で理不尽だ。大人にも理を説けない自粛があり規制があり、ルールや常識は目まぐるしく変わった。禁止され、中止され、制限された物事は数えあげればきりがなく、何を信じればいいのかわからず、信じられなくてもはみ出せなかった。
直木賞を受賞した『鍵のない夢を見る』や、本屋大賞受賞作の『かがみの孤城』に限らず、うまく言葉にできない痛みや叫びを掬(すく)いとることに長(た)けた作家だからこその繊細な心情描写に唸(うな)るが、本書は重苦しい状況で子どもたちを解放し、見守る周囲の大人たちもいい。辻村ファンには嬉(うれ)しい作品の登場人物リンクも健在だ。
読みながら、そうだったなと何度も思うが、それ以上に、そうだったのか、とも気付かされる。「あのとき」の時間は失われたわけでもなければ、止まったままでもなかったのだと、思い至る。
離れた場所で、其々(それぞれ)が星を見上げて前に進むのは、昭和に限ったことじゃない。いつだって、私たちは歩いていくのだ。
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つじむら・みづき 1980年生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞。著書に『スロウハイツの神様』『傲慢と善良』など。