作家が表現したい熱量を第一に考えた
――今回、新しい絵本雑誌をつくろうと思ったいきさつについて教えてください。
飯島未彩紀さん(以下、飯島):私は絵本が大好きで、いまは幼児雑誌「げんき」の部署で働いているのですが、いつか絵本雑誌の企画ができたらと思っていました。あるとき上司との面談でこれからやりたいことを聞かれ「絵本の雑誌を作りたい」と言ってみたんです。雑誌が売れる時代ではないのですが、理解のある上司だったというのもあってダメ元で伝えてみました。ところが、「思い切ってやってみたら」と思いがけずOKをもらえて、そこから企画を練っていきました。どんなものなら売れるのか、社内会議で説得しないといけないのですが、「飯島さんが欲しいと思うものを作るのが一番いい」と言っていただき、もう好きな絵本をこれでもかと詰め込んだ雑誌になりました。売れることだけを考えて企画をたてているというよりは、おもしろいものをつくって届けたいと。こういう自由な雑誌があることで、息がしやすい日常につながればという思いもあったんです。
――荒井良二さんに始まり、及川賢治さんや田中達也さん、加藤休ミさんなど、人気の作家さんの作品がぎゅっと詰まっています。どんなふうに作家さんに依頼されたのですか。
飯島:今回関わった4人の編集者それぞれが好きな作家さんに依頼しました。描きたいものを自由にやっていただいた形です。たとえば「こんぼうバアアアン」の作者である東樫さんは、絵本の作家さんではないのですが、『人類堆肥化計画』(創元社)などを書いていて、文章の在り方がみずみずしくてお願いしてみたいと、奈良の大宇陀まで会いに行きました。全日本棍棒協会の会長で、上がってきたのがこん棒の絵本作品「こんぼうバアアアン」です。「ボオオオン」「ドオオオン」といった文章と設定を東さんが書き、これに共鳴したnakabanさんが絵を描いてくれました。
――すごいインパクトですね。シュールではありますが、惹き込まれずにいられない迫力があります。
飯島:書店さんや読者にどのぐらい受け入れられるのか、発売するまでドキドキしていたんですが(笑)、思いのほか皆さん楽しんでくださっている作品です。「なんかわからないけど、おもしろかった」と言ってくださって。この作品の後に、東さんがセレクトした、こん棒図鑑を載せました。「マンモスの骨」とか「クソデカモスチキン」とか名前がついています。紙工作で作れるような付録もつけたんです。雑誌なので、ただ絵本を載せるのでなく、いろんな楽しみ方ができることを伝えたいと思いました。
各ジャンルの編集者が本当に好きなものを集めた
――今回の制作には、外部の絵本編集者さんの他、漫画や図鑑の編集者が参加するなど、部署の垣根を越えて制作されていると聞きました。
飯島:そうですね。「トムズボックス」の土井さんは、私がお店によく通っていて、この雑誌のお話をしたときにご協力をお願いしました。実際に絵本編集者としての手腕を見せていただいて、とても勉強になりました。
土井章史さん(以下、土井):ぼくは昔、別の絵本雑誌の立ち上げに関わっていました。当時の掲載作品は多くて8ページものだったので、おもしろいエンタメをやろうと思うとちょっと物足りない。「さがるまーた」は雑誌としてある程度ボリュームがあって、バランス感がおもしろいですね。飯島さんの選ぶ作家さんのぶっとび感もインパクトがあります。ぼくは長めのお話のページを担当して若手作家の長澤星さんにお願いしたのと、及川賢治さんに別冊絵本の制作を依頼しました。
――今回は別冊付録に、及川さんの絵本「おはよう」と中身が真っ白な絵本がついているのも驚きました。絵本を読むだけでなく、作る人もターゲットにしているのでしょうか。
飯島:これだけのびのびした絵本作品を見たら、そのエネルギーが刺激になって、自分でも絵本を描きたくなるかもしれないと思いました。読者の「何かやってみたい」につながるものを入れたかったんです。子どもは絵本を読んだら、ページをめくったり、書き込んだり、そこらの白い紙に絵を描きだしたりするじゃないですか。そんなふうに、自分自身で表現してみたいという気持ちを投影できるものとして「白い絵本」をつけました。
――中面でも、絵本から派生して切ったり貼ったりするページがたくさんあります。UMAのおめんも斬新ですね。
飯島:これは、「月刊少年シリウス」編集部の嶋中さんが担当してくれました。嶋中さんは、以前幼児雑誌を担当していたこともあり、今回一緒に編集をお願いしたんです。
嶋中聡子さん(以下、嶋中):私は普段は漫画を担当しているのですが、今回お願いした石黒亜矢子さんはヒーロー雑誌「テレビマガジン」でUMAの企画を連載していました。好きな作家さんで、自由に描いてもらった方がおもしろいものができると思ってお任せしました。このおめん、迫力ありますよね。「さがるまーた」自体がけっこう前衛的な雑誌なので、多様なもののひとつとして受け入れていただけたらと思います。使い道ですか? 新年の邪気払いなどに使っていただけたら(笑)。
――同じ講談社の中で、他部署の方が関わっているのは珍しいですよね。
飯島:後輩である、MOVE編集部(「講談社の動く図鑑MOVE」編集部)の杉原さんも編集に関わっています。彼女は入社2年目で、私自身を振り返ると、このぐらいの時期はやりたいことがたくさんある時期だったなと。「お任せするので、挑戦してみない?」と声をかけました。
杉原舞衣さん(以下、杉原):私は絵本編集に関わったことがなくて、今回とてもいい経験をさせていただきました。図鑑担当で動物に触れ合う機会が多いので、動物の特徴をよく捉えたお話ができたらと思って、中村愛さんに「しろくま ひぐま ときどきぱんだ」を描いていただきました。実はお話を作るのがはじめての方で、ラフを何回もやり取りしながら、つながりをどうしようかと何度も話し合いました。仕事としては大変でしたが、この宝物みたいな雑誌に参加させてもらえたことが嬉しかったです。
単行本でなく雑誌だからできる遊び心
――絵本というとハードカバーの印象が強いですが、雑誌ならではおもしろさはありますか。
土井:単行本の絵本となると、値段も含めてその作品の重みだけを考えて作るけれど、雑誌っていろいろなものが雑多に入っていて、よくわからない部分が許されるのがいいところですよね。ぼくは単行本ばっかりやっていたけど、こういうオムニバスができる雑誌もおもしろいなと思いました。飯島さんがうまくバランスをとってくれたなと。
杉原:雑誌は「紙を切ること」が正当化されているというのも、ひとつの特徴だと思います。紙工作や書き込みができるページも作っていて、遊ぶ楽しさがあります。実は紙には相当こだわっていて、作品ごとに紙の種類も変えているんですよ。
嶋中:この時代だからこそ、紙の本の良さを感じてくれたら嬉しいですよね。幼児雑誌は、読み物もあれば、切ったりシールを貼ったりする他にはない自由度があるので、その楽しさを、多くの人に味わってもらいたいです。
――「さがるまーた」は今後はどんな展開を考えているのですか?
飯島:おかげさまで売れ行きが好調とのことで、次号の発売が決まりました! 1年に1回ぐらい出せたらいいなと思っています。それぞれの作家さんがいまの世の中での本の在り方や、表現で気持ちいいなと思うものを描いていただきたいです。それを私たちに預けてくれるなら、編集者冥利に尽きるなと思います。パワーのある作家さんの受け皿になりたいです。作風やテーマのしばりは、特に決めていません。今回も、イランの作家モルテザー・ザーヘディさんが堀川理万子さんとコラボレーションしたり、歌手の柴田聡子さんが思いっきりぶっとんだテキストで「きょうは やまに」を書いてくださったり、幅広い一冊になりました。これからも、いろんな方に腕を振るっていただきたいと思っています。やりたいことは、まだまだたくさんありますね。皆さんが毎日開きたくなるような誌面を作っていきたいです。