ISBN: 9784163918396
発売⽇: 2024/05/13
サイズ: 13.3×18.8cm/392p
「娘が巣立つ朝」 [著]伊吹有喜
もし、知り合いの知り合い、ぐらいに「菌&麴(こうじ)ライフ・コーディネーター」のマルコと「ハッピィ・リタイヤメント・ファシリテーター」のカンカンというカップルがいたとして、あまりお近づきにはなりたくないなぁ、と思う。ましてや親戚付き合いなんて。
でも、本書の智子と健一の高梨夫妻は、そうはいかない。マルコとカンカンの一人息子・渡辺優吾は、夫妻の一人娘の真奈の恋人で、彼が真奈に結婚を申し込んだからだ。物語は、真奈の母親・智子、父親・健一、そして真奈、三人の視点で語られていく。
第一章で、優吾が真奈の実家を初めて訪れる場面から漂っていた不穏な雰囲気は、両家の初めての顔合わせとなる食事会で決定的なものとなる。
その日の智子の装いは、リサイクル店で見つけた「掘り出しもの」の真綿紬(つむぎ)。「悉皆屋(しっかいや)にほどいて洗ってもらい、自分のサイズに仕立て直してみた」のだ。マルコは、その着物をこんなふうに評する。「エルメスのリザードのバーキン30ぐらいかな。帯も素敵な作家ものね。シャネルのマトラッセ20ぐらい」。えっと、誰か、マルコに「礼儀」を教えてあげて!
前途多難な真奈と優吾の結婚問題に加え、智子と健一の結婚生活にも、ぴしり、ぴしりと亀裂が入っていく。真奈と優吾、智子と健一、いわば結婚のビフォーとアフターが同時進行で描かれていくのが絶妙だ。
セレブな渡辺家(マルコの実家が素封家〈そほうか〉なのである)と、ごく普通のサラリーマン家庭である高梨家。彼我の価値観の違いをリアルに描き出しているのも、また読ませる。お金にまつわる悲喜交々(こもごも)は、親という立場で読めば、ちくっと切ない。
物語の終盤、失礼千万なマルコに、〝彼女なりの言い分〟を持たせるところも、良し。マルコを悪者にせず、理解へともっていくのだ。著者初の新聞連載小説だった本書は、多様な層に響く、懐の深い家族小説だ。
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いぶき・ゆき 1969年生まれ。2008年『風待ちのひと』でデビュー。他に『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』など。