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「あらゆることは今起こる」書評 身体感覚から問う「自分と他者」

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月03日
あらゆることは今起こる (シリーズ ケアをひらく) (シリーズケアをひらく) 著者:柴崎友香 出版社:医学書院 ジャンル:臨床看護学

ISBN: 9784260056946
発売⽇: 2024/05/13
サイズ: 21×2.1cm/296p

「あらゆることは今起こる」 [著]柴崎友香

 自分にADHD傾向があるのかも、と思ったのは最近のことだ。そう考えると、子どものころからの大失敗や遅刻癖、父親が昔から失(な)くしものの達人だったことなどが腑(ふ)に落ちた。だから作家生活25年に差しかかるベテラン小説家の柴崎さんがADHDの確定診断を受け、当事者として日々の生活と意見を綴(つづ)った本書を、驚きつつもヒントを求めるように読んだ。
 とはいえ、発達障害がテーマの本と括(くく)るのはもったいない多彩さだ。自身の身体感覚を基点に、柴崎さんの好奇心が掘り当てた、世界のありように対する問いかけの素(もと)が詰まっている。話題は多岐に及ぶ。自分と他者の身体感覚のずれ、片づけられない男女の受け止められ方の差、「迷惑」に対する異文化間の受容の違い、多様性やダイバーシティーにまつわる誤解――関西弁交じりでフランクに語られる、失敗談や地味な困りごと集のていで気やすく読めるが、作家の頭の中を覗(のぞ)いているような脱線と余談のごった煮から立ち上がるのは、異なる身体と経験を生きる自分と他者がどれだけ近くて遠いか、見ている世界がどれだけ同じで隔たっているかという、「日常」に隠れたいくつものレイヤーだ。
 本書はまた、世界にフィクションがなぜ生まれ、必要とされるかをじつに説得的に示す。発達障害は、ラベリングの功罪も含め、言葉の問題とわけられない。「障害」は英語ではディス(離れる、欠ける)オーダー(秩序)。でもそもそも世界がとんでもなくディスオーダーだから人間は秩序を作る。その秩序は、土地の変化とともに改訂される地図のように、本来は人と社会の動きに合わせてつねに書き換えられるべきものだ。
 言語もまたひとつの秩序だ。そして、自分の外側にある言葉を求めて〈いまここ〉を離れ、秩序をずらしてみせるのが小説でありフィクションなのだ。世界に匹敵する豊かで濃密な「私」。その深遠さにはっとする。
    ◇
しばさき・ともか 1973年生まれ。小説家。00年『きょうのできごと』でデビュー。14年『春の庭』で芥川賞。