科学の知見を巧みに織り込んだ人間模様に定評のある作家、伊与原新さんが短編小説集「藍を継ぐ海」(新潮社)を出した。日本各地の田舎町を舞台に、大切なものを守り続けている人々の姿を描いた5編が並ぶ。
1編の分量は50ページほどなのに、物語のスケールは大きい。冒頭に置かれた「夢化けの島」の舞台は山口の火山島、見島(みしま)。地味な研究のせいで科研費を得られない地質学者の歩美は、元写真家を名乗る不審な男に出会う。萩焼の絶妙な色合いを出す伝説の土を探しているという彼の目的は……。
地球惑星科学の研究者から、横溝正史ミステリ大賞を受けてデビューした伊与原さんらしく、謎めいた導入に始まる物語は、島の太古の成り立ちや、江戸期の名陶工の逸話を経て、いまを生きる読み手の胸に迫る結末へと至る。
「短編は情報がぎゅっと詰まっていても、さらっと読めるような切れ味の良さを心がけてます。僕自身、いろんな知識を得られる小説を好むので、ついつい詰め込んでしまうんですね」
北海道の遠軽(えんがる)が舞台の「星隕(ほしお)つ駅逓(えきてい)」もそう。郵便局員を引退した老父のため、隕石(いんせき)を拾った場所を偽ろうとする妊婦の物語の背景には、隕石にまつわる蘊蓄(うんちく)に加え、近代の郵便制度やアイヌ民族の歴史が広がる。
空間的なスケールでいえば、「地磁気を使う生物が昔から好きで、いつか書きたいと思っていた」という表題作。徳島の海辺の田舎町で祖父と暮らす少女は、ウミガメの卵を孵化(ふか)させ、ひとりで育てようとしていた。違法行為と知りながら世話をやく彼女の思いはやがて、思わぬ出会いを生み出す。日本列島の隅っこの寂れた集落と、黒潮に乗って太平洋を回遊するウミガメとの対比が鮮やかな1編だ。
「なにげなく暮らしている人が、唐突に異なる世界の何かに出会う物語が好きなんです。書きたいテーマを決めて、いろいろと調べているうちに、思わぬ方向に話がつながっていく」
確かに、現在NHKで放送中のドラマの原作「宙(そら)わたる教室」も異質な者同士が出会うことで化学反応が生じる。様々な事情を抱えた定時制高校の生徒たちが、困難を乗り越えながら、科学部顧問の教師とともに想定外の「奇跡」を起こす。
本作でも、都会で夢破れて奈良の東吉野に移住してきたウェブデザイナーがニホンオオカミに出会う「狼犬(おおかみけん)ダイアリー」、長崎市に隣接する町の空き家で、若手公務員が膨大な量の岩石やガラス製品を見つける「祈りの破片」は出会いから生まれる物語だ。伊与原さんもまた、執筆の過程で、日本の風土に根ざした様々な文化にふれた。
「どの土地にも人々が受け継いできたものがあって、何とか守ろうとしてる人もいるし、もう守れなくなってるのもあるけれど、本当に日本は豊かだと思います。本を読んで、地方に旅してみようと思ってもらえたなら、うれしいですね」(野波健祐)=朝日新聞2024年11月13日掲載