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「避難学」書評 訓練する前にまず考えたいこと

評者: 小宮山亮磨 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月23日
避難学: 「逃げる」ための人間科学 著者:矢守 克也 出版社:東京大学出版会 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784130502122
発売⽇: 2024/10/02
サイズ: 21×2cm/280p

「避難学」 [著]矢守克也

 非常ベルが鳴ったらみんなでぞろぞろ教室を出て、校庭に整列して先生の講評を聞く。緊張感ゼロ。こんな避難訓練、意味あるの?――30年前に覚えた違和感は、的外れではなかったらしい。
 本書によると、各種の災害対策が進んできた今も、最重要なのはとにかく逃げることだという。ただ、しかるべきときに逃げるのは、意外と難しい。東日本大震災のときは、逃げるのは嫌だと言って家にとどまる人がいた。説得し続けていた近所の人まで、一緒に津波にのまれてしまった。
 ではどうすれば? 訓練は大切だけれど、参加者が増えればOKではない。地域の定例行事と化した訓練には、無感情になって形ばかりの参加をする人もいる。意味ないからと参加を見送っていても、防災意識は高い人もいる。あえて夜間にやったり抜き打ちにしたりして、現実に近づけるのは一つの手だという。
 体力の衰えた高齢者のため、逆にハードルを下げる手もある。津波避難タワーに来て上まで登りなさいといったむちゃは求めずに、近所のビルまで、あるいは玄関先まで出てきてもらうだけでも第一歩になる。ひと口に訓練と言っても、いろんな形があり得るのだ。
 防災計画も「作ったら終わり」ではダメ。マニュアルがあると素早く行動できるけれど、頼りすぎると柔軟に動けなくなる。考え抜いて計画をこしらえ、完成したらぶっ壊して練り直す。そうやって磨き続けて「自分ごと」にしなければ、実践はおぼつかないらしい。
 最近よく聞く「自助・共助・公助」という言葉もやめるべきだという。行政と住民が役割分担を探るというより、むしろ責任を押しつけ合うために使う用語で、形骸化と思考停止を生むからだ。
 人任せにせず、考え続けろ。突き詰めると著者はそう言っている。面倒だし、何事にも通じる当たり前の話だけれど、でもこれしかない。本書の豊富な事例を読み進めたら、覚悟はできてきた。
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やもり・かつや 1963年生まれ。京都大防災研究所巨大災害研究センター教授。著書に『防災人間科学』など。