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今村翔吾さん「人よ、花よ、」連載が本に 多聞丸と迷い歩いた1年半、挿絵・北村さゆりさんと秘話語る

「人よ、花よ、」(朝日新聞出版)。上下巻を並べると、大きな桜の木が枝を広げる

今村翔吾さん

プロット書かず、選択の連続

 「人よ、花よ、」は南北朝時代の武将、楠木正成(まさしげ)の長男正行(まさつら)が主人公の歴史小説。南朝方の楠木一族は北朝から逆賊として扱われ、戦国時代に名誉が回復したかと思えば正成は「軍神」として祭り上げられた。そのイメージは現代にまで伝わったが、敗戦後は軍国主義の象徴として葬り去られた。

 今村さんは「歴史において、これほど評価が二転三転させられた一族はいない」と題材に選んだ理由を明かし、「振り回されたのはきっと、次の世代である正行なんだろうなと思った。正行の目を通して父親を、南北朝を描きたいという思いが強かった」と話した。

 末尾に読点「、」を打ったタイトルについては「書く前から、きっと答えが出ない小説になるという予感がした。歴史が変わってきたように、読んだ皆さんの数だけ見方や答えがあるんじゃないか。(タイトルに)続く言葉を読者に預けたいと思った」と語った。

 1年半にわたる連載を旅にたとえ、「僕も多聞丸(正行)と一緒に迷いながら考えながら歩いてきた」と回顧。たどり着いた最後のシーンは「いままで書いた小説のなかでいちばん泣きました。多聞丸と重なって、相当入り込んでいたと思います」と振り返った。

北村さゆりさん

桜井の別れ「令和の今村版を」

 576点に及ぶ挿絵で伴走したのは、デビュー作「羽州ぼろ鳶(とび)組」シリーズで表紙を描く北村さん。今村さんが「勝負の小説においては、北村さんとタッグを組む以外の選択肢はなかった」と信頼を寄せる日本画家だ。

 少しずつ届く原稿を読んでは絵を描いていく連載中の日々について、北村さんは「まったく先が見えなくて、真っ暗闇のなかで平均台の細いところを歩いていく感じなんですよ」と恨み節。今村さんは「僕はプロットを書かない作家なので、瞬間的な選択の連続。じつは僕も北村さんと同じ平均台の、少し前を歩いていた」と返し、会場の笑いを誘っていた。

 北村さんは、とくに思い入れのある場面として湊川の戦いに赴く正成と幼い正行が対面する「桜井の別れ」を選んだ。過去に歌川国芳ら多くの絵師が手がけ、「荘厳な感じの歴史画がいっぱいあるんですけど、令和の今村翔吾版を描かなきゃと思った」。11歳の多聞丸が父に刀を託される場面を舞台上に投影し、「お父さんの話を聞いて、僕が背負うと。そういう顔を描きたかったんです。これは泣けました」。

 今村さんは今回、自身の事務所を版元として、すべての挿絵をカラーで収めた「全挿画集」を世に出した。細部まで作り込まれた造本について、北村さんは「本の背中にある花布(はなぎれ)の色が、多聞丸の鎧(よろい)と同じ紫裾濃(むらさきすそご)なんです。赤いスピンは(多聞丸の愛馬)香黒(かぐろ)の手綱と同じ色。もう感激しちゃった」と喜んでいた。

 「人よ、花よ、」は単行本となって新たな読者を待つ。今村さんは「後世、今村翔吾といえば、と言われたときに必ず出てくる代表作の一つに仕上がった。ステージを一つ上げてもらった作品かなと思っています」と語り、笑顔で締めくくった。(構成・山崎聡)=朝日新聞2025年4月30日掲載