1. HOME
  2. インタビュー
  3. 早見和真「春までのセンセイ」インタビュー 誰ひとり脇役にせず「最後」の1年を描ききる

早見和真「春までのセンセイ」インタビュー 誰ひとり脇役にせず「最後」の1年を描ききる

早見和真さん=松嶋愛撮影

――なぜ「泣ける物語」を書こうと思ったのですか?

 まず大前提として、僕自身、「小説を読んで涙を流した」という経験が人生で一度もないんです。それどころか、そもそも最後に泣いたのが小学校 2年生の時だった。僕は「感動しがちな人間」であるとは思うんですけど、涙が流れるには至らなくて。その僕が小説家になり、デビューから20年近く経って、とくにここ数作、読者から「泣けました」という感想をもらうことがとても多いんですよね。もちろんうれしくはあるのですが、一方ではあまりピンと来ていなかったんです。何をもって皆さん泣いてくれているのだろうかと。

 とくに、高校球児の母の視点から息子の成長を描いた『アルプス席の母』(小学館)では、「ようやく泣かないで済む高校野球ものが書けた」と手応えを感じていたなかで、過去一番といっていいほど「泣けました」という感想をもらいました。かつ「泣けた」と言ってくださる場面が、ひとによってそれぞれ違う。「いよいよ、わかんない!」。それならば、「僕の思う『泣ける』って何だろう」ということを突き詰めて考えたくなったんです。

 だから、極めて打算的に、ひょっとしたら大失敗するかもしれないけれども、「泣ける物語をテーマにしたい」という気持ちが大前提としてありました。

――涙は流さなくとも、「感動しがちな人間」ではあったのですね。

 僕が 2008年にデビューして、 2009年に娘が生まれ、そのせいかはわかりませんが、多感な時期の女の子がしゃにむに何かを頑張っている瞬間に、とくに心を打たれることが多くなりました。映画やバラエティー番組で、斜に構えたような女の子たちが、無我夢中にならざるを得ない瞬間に、なぜかグッとくることが多くなったんですよね。
 そうした瞬間を自分の手で書いてみたいという気持ちと、もう一つは命を巡る物語というイメージがありました。僕自身が好んで読んできたジャンルではなかったのですが、なんとなく「余命もの」というキーワードが頭にあって。とはいえ、「若い男女のどちらかが余命宣告されて……」みたいな物語は、自分には書けない。むしろそれを否定しに行く命の物語を書きたい、というところから始まったという感じです。

早見和真『春までのセンセイ』(双葉社)

全員を主人公にする難しさにあえてチャレンジ

――3年E組担任の加賀美秀彦先生が、「病気で学校を辞める」という噂(うわさ)がクラス内で沸きたちます。加賀美先生と生徒一人ひとりが対峙していく物語かと思いきや、そういうわけではないのですね。

 最初は《生徒Aの話、先生の話、生徒Bの話、先生の話……》というふうに、特定の数人の生徒のエピソードと担任の物語を交互に描く構成を考えていました。でも、そもそも僕は『ひゃくはち』(集英社)という小説で、名門高校の補欠球児にスポットを当てた物語でデビューしている。レギュラーにばかり固有名詞が与えられる感覚に対し、いまだに腹立たしい思いが残っているなか、その自分が今回、32人のクラスメイトから5、6人をピックアップして色をつけることに対し、「それは、違うな」と思ったんですよね。

 全員を主人公にするのはしんどい作業になるし、しかも「女子校を舞台にする」と決めていたので、その描き分けも含め、かなりのチャレンジでした。でも、「それを厭うような小説家ならば、もう書くべきじゃない」という気持ちに背中を押されて書き進めていった気がします。

――しかも、それを4月から翌年3月までの「1年間」と限定したのは。 

 まず、クラス替えを経ることのない「一つのコミュニティとしての一クラス」を描きたかった。「中学 3年生」を描きたかったのは、なぜですかね。そこはなんとなくではありますけど、最初からパチンと決まっていました。

 一学年が百六十人ほどの稜花女学院は、約百二十名の外部からの受験組と、四十名の内部進学組にわけられる。
 もちろん附属(ふぞく)の稜花小学校から上がってくる子たちがいるのは前もって知っていたし、ネットの書き込みなどで内部組が目立つといった情報も得ていた。
 それでも、割合にすれば三対一で外部組の方が多い。A~E組の五クラス編成であることを考えれば、一クラスに八人ほどしか内部生はいない。入学して、たとえば部活でも始まってしまえばそんなグループなどうやむやになるだろうとたかをくくっていたけれど、彼女たちは何かを誇示するように内部組で固まり続けた。(『春までのセンセイ』「4月」より)

――舞台が「杉並区の井の頭線エリア」というのも絶妙でした。私立「稜花女学院中学」の、元来は穏やかで自由で、生徒が慈しみ合う校風も、シスターフッドの数々の物語の派生に功を奏しています。

 「井の頭沿線の女子校」とすることで、読者を選んでしまうかな、という感覚はあったんですよね。これが沖縄や北海道の読者に届くのか、あるいは男性読者に届くのか……。いろんなことを考えました。けれども、舞台もシンプルに「ここ」と決められた気がします。

――物語は「4月」の章から、1カ月ごとに進んでいきます。1学期の始業式の日、最初に登場するのは、教室ではどちらかというと目立たないタイプの小宮陽葵(ひまり)さん。物語は、穏やかな雰囲気をまとった彼女の登校風景から始まり、のちの章でもクラスメイトを静かに引き立てている。彼女の存在が、通奏低音となって物語自体を引き締めている印象を覚えました。

 仮に5、6人をピックアップするのだとすれば、いずれも「内部進学組」の、(孤高を保つ姿が周囲から憧れられる)薬師寺杏や、(派手でクラスの中心的存在な)宮古沙羅。「外部組」で、目立たない存在ではあるけれど、心根のやさしい小宮陽葵がピックアップされたんでしょうね。とくに男性作家が書く物語は、陽葵のような、一見控え目だけど実は芯があるという子が主人公になりやすい気がします。……個人的な感覚でいうと、この32人の中で僕が一番好みでないのは陽葵かもしれませんが。

――えっ、そうなんですか!

 だけど、この物語を紡ぐにあたって、陽葵からスタートするイメージは明確にありました。……なんでなんでしょうね。一番理解するのが難しいからなのかな。やはり最後までこの子のことは考え続けましたが、別の子の物語の中で、ある言葉を彼女に語らせた時、ようやく決着させられたという気がしました。

 

早見和真さん=松嶋愛撮影

娘に伝えるべき思いを代弁してもらった

「いや、どうかしたっていうかさ――」とつぶやき、留笑夢が口にしたのは、やはり先週の出来事についてだった。沙羅が部活に出ようとしていた一年生を引き留め、強引に遊びに連れていったことだ。

 正直、薫子にとっても気持ちのいい出来事じゃなかった。ただでさえ部活をサボることにうしろめたさを感じていたところに、後輩を巻き込んでしまったことにも胸が痛んだ。
 留笑夢の話をひとまず黙って聞いて、沙羅は意味がわからないというふうに首をかしげた。

「ええと、ごめん。私っていまなんか怒られてる?」
「怒られてるっていうか、変にかき乱さないでほしいんだよ。沙羅たちが練習に出ないことは咎(とが)めないから、後輩たちを巻き込まないでやってほしい」
「なんで?」
「なんでって、何?」
「いや、わからないことだらけなんだけど。どうして私たちが練習に出なくていいのかもわからないし、どうしてそれを留笑夢に決められなきゃいけないのかも、なんであの子たちが巻き込まれてるって決めつけてるのかも。全部わからない」
「決めつけてるっていうか……。だって、事実そうでしょう。沙羅たちに声をかけられて、あの子たちが断れるわけないじゃない」
「なんでよ? べつに断れば良くね? 後輩は断れないっていうのも決めつけじゃん。……」(『春までのセンセイ』「7月」より)

――部活での衝突をはじめ、仲間内の距離の詰め方のちょっとした違和感、言葉の伝わり方の誤解によるボタンの掛け違い……、さまざまな場面で亀裂が生まれます。まとまっては崩れ、そして意外なところで絆が生まれたりもする。

 僕は中高6年間、男子校で、娘は 6年間女子校。ちなみに妻は6年間、共学です。夜、食事をしながら学校の話を聞いているだけで面白い。娘の話を聞いていて顕著なのが、よく友人と揉めていたことなんですね。嫌いになったり好きになったり、よく泣いたり。「何なんだろう、この感じ」という思いがずっとあって。次に話をするときにはもう違う子の話をしていたり。

 「ヒエラルキー」「カースト」という言葉をあまり使いたくないんですけど、所属できる「山」がいくつもあって、軽やかに次の「山」に所属していく。それでも、山に所属できないでもがいている子もたくさんいるのだろうなという思いから、部活をきっかけに孤立していく沙羅であったり、職員室にクレームを入れる親の言動から距離を置かれる赤城千佳だったりの人間像が立ちのぼっていきました。

 先生は黒板に何やら書き始めた。おそらく自分の名前だろうと思って見ていたが、どうやらそうじゃないらしい。
『我行我素――』
 一瞬、クラスメイトがざわめきかけた。加賀美先生は小さく咳払(せきばら)いをすることで、それを許さなかった。
「僕が生きる上でもっとも大切にしている言葉です。中国の言葉ですが、日本語にすると『我は我の素を行う』。周囲の人間が何を言おうと、私は私のやり方を貫くといった意味ですね。みなさん、言われなくてもそのつもりだと思っているかもしれませんが、人は思っている以上に周囲の空気に流されているものです。自分のやり方を貫き通すということは、自分の頭で考え、覚悟を決めるということ。意外と簡単なことではありません」(『春までのセンセイ』「4月」より)

――そんななか、担任の加賀美先生は、静謐(せいひつ)な佇(たたず)まいを最初から保ちながら、心を揺さぶる言葉を生徒にいくつも語りかけます。生徒一人ひとりは、次第に先生に惹かれ、それぞれの日々を前に推し進める原動力になっていく。ベテラン副担任をも嫉妬させるほどの魅力に満ちた加賀美先生には、どんな思いを重ねたのでしょうか。 

 登場人物の中でほぼ唯一の男性なんですよね。32人の女子生徒と対峙しなければいけない唯一の人物で、年齢も離れている。しっかり構築しないと飲まれてしまう、との思いはありました。僕が、僕自身の娘に対し、伝えられないことが仮にあったとするなら、それはたぶん、お互いの命がまだ続いていく前提の上で、ぬるく向き合っているからだと思うんです。もし僕が「来年死ぬ」とわかったら、娘に対して必死に伝えるべきことがある。それを加賀美先生に代弁してもらった気がします。加賀美先生と僕とでは性質が違うし、こんなふうにできた人間ではないですけど、言葉の一つひとつに、ビビることなく、自分の思いを加賀美先生に託しました。 

――それがまっすぐ生徒たちにも、そして読者の胸にも届きます。

 僕は中学や高校が呼んでくれた講演は基本的に受けるようにしています。「誰だよ、おまえ?」という1000人の目に晒(さら)されることってすごく恐怖だし、疲弊もするんですけど、心を込めて言葉を紡いでいくと、届く子にはちゃんと届く。「今時の子は……」というのは大人の言い訳でしかないと思っています。多感な時期の子たちが抱える普遍的な思いは、何ら変わらずある。

 自分の命の限りを認識している加賀美先生の言葉は、ストレートに届くはず。臆せず、加賀美先生には加賀美先生らしく、まっすぐ言葉を伝えてもらったらきっと届くという気持ちはありました。

「きっとみなさんはうるさいと思うでしょうが、今日一日だけがんばるということをこれからも忘れないでください。本当に今日一日だけです。明日はサボってかまいません。今日一日だけがんばってください」(『春までのセンセイ』「7月」より)

――「今日一日だけがんばる」。あとは「自分の頭で考えろ」という言葉も何度か出てきます。

 まさに僕の持論です。言うのも恥ずかしいんですけど、世の中、みんながみんなルールを守ろうとするあまり、そこからちょっと逸脱したものを集中的に叩(たた)いている。結果、社会が息の吸いやす場所になっているのならばいくらでもやればいいけれど、どう考えてもそうではない。ここは、丁寧に言葉を連ねないと誤解されてしまうかもしれませんが、ずっと抱いている思いです。

 かつて『あの夏の正解』(新潮社)という本(コロナ禍で甲子園が中止になった夏、夢を奪われた選手と指導者がどう行動したのかを追ったノンフィクション)で書いたのは、とにかく高校球児は、監督や大人たちの手前、自分の言葉で語る子が極端に少ない。子どもたちだけで寮の中にいる時には、とげとげしいまでの本音と悪意が渦巻くんですけど、ひとたび大人やメディアの前に出てくると、判で押したような、耳心地の良い、いわば「朝日新聞が求める高校球児像」が出てくるんですよね。

――メディアが求める高校球児。青春、汗、友情、根性。

 でもそれは、ベンチに入れるか否か、レギュラーになれるか否かっていう、その権利を大人たちが有しているからであって、「大人たちを喜ばせなきゃいけない」という頭が、もう全高校球児に、無意識下に刷り込まれているからだという持論があります。僕が『あの夏の正解』を出した時は、まさにそれを取り払う作業をし続けたんです。コロナで甲子園を奪われたという、史上初めての経験をした子どもたちには、大人が求めているような言葉がそもそもない。「君たちしか経験したことないことなのに、何を耳心地の良いことを言っているんだ」という思いから始まったんですね。

 で、 3カ月、しつこく向き合い続けて、すべてを吐露してくれたとは思っていないですけど、それでも「自分の言葉を持つということ」の意味は感じてくれた子も一部いました。今作はその「自分の言葉を有していく」という瞬間を書いていきたいとの気持ちが強くありました。

高校生と雑談、雰囲気を感じる

――本の完成直前、娘さんと、読書好きの娘さんの友人に読んでもらい、太鼓判を押してもらったそうですね。娘さんがいなかったら、そもそもこの物語はできなかったですか。

 たぶんできなかったですね。娘だけじゃなく、娘の先にいる同年代の女の子、またそれに限らず、その先に読者がいると信じて書きましたけど、仮想読者は娘でした。「こいつに届かなきゃどうにもならない話を書こう」と思った、初めての経験でした。自分が来年死ぬとしたら、伝えたい言葉はここにすべて内包されている気がします。

――執筆にあたって、じつに多くの学校関係者に取材されたのですね。「加賀美先生のために」との一心で絆を深めていく3年E組は最後、「3月」の章で大きな行動に出ます。

 中高一貫の女子校に通っていた当時現役の高校生たちからも話を聞かせてもらいました。ただ、今回はデータが必要だったわけではなく、雑談をずっとし続けていたという感じです。そのニュアンスや雰囲気、端々に滲み出てくる何かを大切にしました。先生たちからは、もう少し具体的な話を聞きましたが。

 最後の「3月」の章でみんなが取り組むのは、やる気のある子と、ない子との差が如実に表れてしまうイベントです。一人の足さえ速ければ優勝できるかもしれない体育祭と違って、みんなが一番を取りにいかないといけないイベントというか。これも学校への取材で聞いたことでした。「ハマる生徒、ハマらない生徒」の差が顕著だ、と。成功させるためにはみんなが団結せざるを得ないイベントを描きたかった。時期も良いんですよね。卒業式間近に向かっていく。

――この場面は、生徒一人ひとりの、この1年間の成長が、一気にフラッシュバックする瞬間でもあり、あたたかい涙が流れます。そして何度か読むと、読むたびに感情移入する人が変わることにも驚かされます。早見さんは「今日、この時点で、僕の代表作です」と話しています。

 32個の物語、先生を含めれば33個の物語が紡がれていることこそが、この本の意味だと思っています。脇役として、敵役として生きたいと思っている人間なんているわけがありません。あたりまえですが、みんな一生懸命、自分の人生を、自分が主人公として生きています。その結果、ぶつかったり、合わなかったり、元のコミュニティを離れ、異なるコミュニティで生きるようになったりする。だからこそ、それぞれの章で、その子たちが主人公の物語を描ききる。僕は、この子たちを誰かの章、次の章のためには書くことはしませんでした。