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「生誕130年 吉屋信子展 シスターフッドの源流」横浜で開催 同性のパートナーと交わした書簡も公開

1923~24年頃の吉屋信子(左)とパートナーの門馬千代。長崎の写真館で=県立神奈川近代文学館蔵・吉屋信子文庫

 幼い頃から読書好きで作家を志した信子は、20歳のデビュー作を含む連作短編集「花物語」で、女学生を中心に熱狂的な支持を集めた。信子はこれらの作品によって、少女小説をジャンルとして確立させた。

 当時の少女雑誌は、良妻賢母的な教訓を背景とした作品を多く掲載していたが、信子の少女小説は、従来の価値観にとらわれず、強い意志をもった少女たちを繊細に描いた。女学校の上級生と下級生が親密な関係となる「エス」も、重要な要素だった。

 次第に、「良人(おっと)の貞操」などの家庭小説や、「徳川の夫人たち」をはじめとする歴史小説でも、その名を知らしめた信子。展覧会では、多様な女性像や女性同士の関係性を描いた作品の原稿や挿絵、知人たちと交わした手紙などを見ることができる。

 特別展の編集委員を務めた文芸評論家の斎藤美奈子さんは、世界的な「#MeToo運動」の広まりもあり、近年日本でも、女性同士のつながりを表す「シスターフッド」を描いた小説がトレンドだと解説。その源流として信子の作品を位置づけた。同館館長の荻野アンナさんも「女性の社会進出が目覚ましく見える現在においても、社会のありようが根底では変わっていないことが吉屋信子を鏡にすると見えてくる。自立する女性のあり方を根底に置いた作品世界は、いつ読んでも常に新しい」と魅力を語った。

 約600点の展示資料が並ぶ中で注目すべきが、初公開の書簡だ。2023年に吉屋家から新たに寄贈された資料に含まれていたという。

 信子には、門馬(もんま)千代(1899~1988)という同性のパートナーがいた。千代は高等女学校の教員をつとめた「職業婦人」だった。2人は、友人の紹介で1923年に出会い、ひかれ合った。人気作家になった信子を秘書として支え、生活もともにした。57年には信子の養女となった。

 書簡には、結婚できない2人の関係性について意見を交わすものもある。

 24年9月(推定)に、信子が千代に宛てた書簡には「家が出来たら私は分家し戸籍を持って全く独立して戸主になり千代ちやんを形式上養女の形(これより外に形がなからう、まさか妻として入籍させるのも今の法律では困るだらう、そのうち私は改正させるつもりだが)で入籍し、二人の戸籍と家を持つことにする、さうきめた」とある。

吉屋信子が門馬千代に宛てた書簡=県立神奈川近代文学館蔵・吉屋信子文庫

 それに対して千代は、養女にはなりたくないと答える。そして、「私達はもっと社会のきはんの外に出て私達には私達自身の独自な結合の形式がありそれは社会の如何(いか)なる力、これを認識し或(あるい)は否定する――それらの力に依(よ)っても左右される事のない、つまり社会的形式を無視し社会的努力の外にあったと思ふの」などとして、2人の関係は社会の規範に縛られない独自の形であるはずだと伝えている。

 斎藤さんは、信子の書簡について、「まさに今、大きなトピックになっている同性婚について、100年前から信子は言っていた。感動します」と話した。「信子自身と信子の作品を改めて発見していただけるような展覧会になっている」

 会期は、31日まで。=朝日新聞2026年5月13日掲載