人は誰しも間違うことがある。でもそれは、彼の一面であって、すべてではない。西加奈子さんの新刊「きずもの」(小学館)の登場人物たちは、時間をかけて互いを知り、時にぶつかりながらも、生きていく。
貢は勉強ができた。クラスメートに認められたかったが、人気者だったのは、運動が得意な幼なじみの猛の方だった。大人になってからも2人は、ゆるやかにつながっていた。貢と関係をもっていた遙は、カナダで暮らす親友の万千花とルームシェアをすることになる。
「マブヅレ」たちは、長い時間の中で、変化もしていく。
「ここ十数年で社会がすごく変わったと思う。私が十数年前に笑っていたことが、今では笑えなかったり。喜怒哀楽は自分だけのものだと思っていたけど、それすら社会によって変わるんだということに衝撃を受けた。一度向き合って書いてみたかった」
貢は小説家になった。新しい時代の価値観に敏感だが、心の内にある性への渇望のようなゆがみからは逃れられないまま生きている。不倫を繰り返す中である日、過ちが表沙汰になる。それでも、猛との関係は終わらなかった。
万千花と遙もまた、「正しさ」をめぐってぶつかり合う。正しくいたいと思うようになった万千花に、遙は言う。正しいけれど、「あんたの言葉を使ってない」。うちらにはうちらの言葉があって、あんたはもっと面白かった、と。西さんの心のうちには、2人の気持ちがせめぎ合っているという。
「私たちは間違い続けてきたし、自分は過去の過失も認めて、反省して、ゆっくり変わりたいと思っている。一方で、『正しさ=優しさ』ではないとも思う。正しさだけで人をジャッジしていたら、本来持っている、間違っているけど優しいっていうものを失ってしまうんじゃないか」
人間は、たった1枚の布ではない、とも感じている。「パッチワークみたいに多面性がある」。書き始めたときには「何やねん」と思っていた貢のことも、毎日向き合っていくうちに、「悪いやつちゃうねんな」と思うようになった。「レイヤーが見えてくるには、長く時間を過ごすことが大切なんやなと、小説という表現方法に改めて教えてもらった気がする」
貢は言葉というものに対して、心を開いていく。そして、思う。〈せめて、自分だけは自分を愛したかった。許すことは出来ないが、愛すことは出来るはずだ〉
西さんは、この数年、とにかく自分だけには正直であろうと思うようになったという。人に対してうそをついてしまうことはある。そんな時は、「うそついたな」と自分の中で認める。なんでうそついたんやろう、どう思われたかったんやろうと、どれだけ汚い感情でも自分と対話する。「うそついた自分を愛していたら、本当の自分を愛せなくなる気もする」
小説に対しても、同じ思いだという。「小説はフィクションやからうそではあるけど、うそついてる感覚はない」。こんなものも書けると思われたい、頭よく見られたいといった思いで、自分にうそをついて書けば、酷評されたときに2度傷つくことになる。
これからも、「正直でありたい」。そして、小説にも、人にも、手間や時間を惜しまずに向き合いたいという。この作品を通して、学んだことだ。(堀越理菜)=朝日新聞2026年10月14日掲載